題名が浮かばないので題名はありません

 読書感想文を小学生の頃書かされていましたが、私がそこで学んだのは

①感想文用のプリントの半分を使ってあらすじを書く

②一番印象的なシーンを書く

③「面白かった」とか「ドキドキした」とか、その本に当てはまりそうな適当な感想を書く

というやっつけの構成だけであった。

感想なんて何を書けば良いのかわからないので、要約と本文書き写しを主体にするのだ。

 

で、読書感想文って教育上意味あるのか?

と思い続けて子供を産んで、絵本と育児、教育などの観点から色々本も読み、講演会を聞いたりして出た結論が、『子供に読書感想文書かせても良い事が特にない』という事だった。

自ら書きたい子供なら良いんだけど。


子供によっても違うとは思うが、とりあえず私の娘に関しては、読書感想文が向かないタイプだと判断していたので、行き渋りする娘が学校を早退した日にやらせているZ会でも、感想文的な問題はやらせていなかった。

(小学生用の最近のZ会は、『ここをこういうふうに褒める』とかの親向けのご丁寧なアドバイスブックまである。全く活用していないので、そのアドバイスはオプションにして、値段を下げて欲しい)



そして事件は起きた。


先日の小学校の、授業参観の国語の授業の時である。

クラスで班を作り、1班ずつで音読発表をし、残りの子たちはお互いの班だか生徒だかの音読で良かった点を、プリントに書いていくという授業であった。

最近、そういう授業が結構あるらしい。

担任の先生は言葉のお手本に『ゆっくり読んでいたので聞きやすかった』とか『大きな声だった』とか、例を提示していたが、とにかく娘の授業態度がひどい。

みんながプリントにせっせと何やら感想を書いているのに、たった一人でボーッとして、机に突っ伏したりアクビをしたり。

先生も心配して声をかけてくださって。


ついに娘のプリントが白紙のまま授業が終わり、そのプリントは回収されていった・・・


その後、「なんで感想書かなかったの?」と聞いたら、「だって無理に書けって言われても書けないんだもん」と言う。

おかしいぞ。

娘は物語を作る事だってスラスラできるんだから、感想文を書く事だっていくらでもできるはずだ、娘は不真面目なのか?と一瞬、娘を疑ってしまったが、よくよく聞いてみても「本当に何も浮かばないんだよ。だから無理なの」と真剣だ。


ああ、不真面目なのは単に私の方だったんだな、というお話。

そしてやっぱり娘には、多分読書感想文は向かないと思う。

そして娘が学校の授業が苦手なこともよく理解できた。



先日、娘が宿題で書いていた日記の題名が『題名が浮かばないので題名はありません』だった。

ちなみに内容は、「お友達から借りて、初めてゲームをした。面白かった」という内容であった。

母系社会の少数民族モソ人

モソ人だ!