言葉と枠組み

 言葉というのは分析すればするほど、いろんな側面が見えてきます。


子育て中の親子関係において、親が子供に話しかける『言葉』は、その子どもの『思考の枠組み、骨組み』なんだなあと育児をしていていつもいつも思います。


子供はボヤンと頭で考えたことを、言語化しようと努力することがよくあります。

そこで助け舟を出す時、どんな舟を出すかで子供の人格は変化します。


だから私は、できるだけポジティブで、明瞭で、わかりやすい言葉を心がけます。

だからと言って簡単な言葉を使えば、説明が簡単になるわけでもないから、子育ては難しい。



昨日、娘が「最近、たまちゃんは『物理的に』っていう言葉が好きなんだよね」と言う。

そういえば、娘は最近『物理的に』を多用し、3割くらい間違って使っていた。

間違いをいちいち指摘するのも教育上良くないと私は思っているので、娘が間違えた場合、それをしばらく泳がせることも多い。

難しい言葉を使ってみよう、というチャレンジ精神だけで、もう正解なのだから。

大人になっても間違っていることは無いし。


で、娘は「『物理的に』って好きなんだけど、意味がよくわからない」と言うので、私の全く物理のセンスのない頭で「物理」を一生懸命説明した。リンゴが落ちるとか、その学問がどう役立つか、地震で高いビルがどう揺れるかとか、そういうことだが、きっと人が聞いたら呆れるような説明だ。


でもそうしたら娘が、「ああ、この世界のこと、ってことね」と納得してくれた。

そうそう、『この世界のこと』!


すごいぞ。娘に学ぶ物理。私の思考の枠組みも、娘がずいぶん形成し直している気がする。


そういえば、先日、「お母さん、『もの』っていう漢字はあるの?」と聞かれて、

「あるよ。物体、ってあるでしょ。ブッタイのブツ、ブツリのブツとも読むよ」

と説明していたところからの、『物理的』の流れでした。


高校生の頃、「波津さん、理科の選択科目で物理を取る人が居ないの。取ってくれない?物理の先生はすごく甘いから、単位を落とすことは絶対にないから」と担任に頼まれて取った物理。

テストは0点に近かったが、確かに単位をもらえた。

そして確かに、受講者が4、5人しかいなかった。人気がなかった。

母系社会の少数民族モソ人

モソ人だ!