大阪

 先日、ニュースで大阪の街が映った。


娘がびっくりした顔で「大阪って、こんな街だったんだ・・・」と言う。

「どんな街だと思っていたの?」と聞いたところ、

「お侍がいて、藁でできた三角の帽子をみんな被って、豆腐売りがいるような・・・」

と『アメリカ人が考える日本』みたいな発言である。


多分随分前に何度か読んだ、これのせい。


コロナが終わったら、大阪にたこ焼き食べに連れて行こう。

絵本はすごいぞ

娘は絵本を読んでもらうのが大好きで、私は絵本を読み聞かせることを自分の義務だと思ってきた。


ので、娘はたくさんの絵本を知っている。


私は読み聞かせる30代の脳みそなので、読んだ側から内容も忘れるし、絵本一冊から私が受ける刺激を1とすると、娘は1000くらいの刺激を得ていると思う。

2年前に一度だけ読んだ絵本の内容を、娘はちゃんと記憶しているが、私は読み聞かせたことすら忘れている。


図書館に行けば、一人10冊まで借りられるので、私と娘は「じゃあ後でね、」と言って別れ、お互い図書館のワゴンを押しながら(なんと近所の図書館にワゴンがあるのだ!)10冊選ぶ。

11冊、どうしても借りたい場合などは、お互いに「ねえ、1冊譲ってくれない?」と交渉が始まる。

娘はその時期によって、ひたすらに怖い話を借りたり、トリックアートの本を借りたり、宝石の本を借りたり、色々である。


さて、絵本をたくさん読んでいると面白いことが起こる。

昨夜、娘の借りたモンゴルの絵本を読み始めたら、主人公の名前が「バートル」だった。

娘が「この前のモンゴルの絵本も主人公が『バートル』だったよ!」と興奮しつつ、私はそんなことを忘れているが「モンゴルの首都はウランバートルという名前の街だよ!」と興奮する。

ウランバートルとかバートルってどんな意味なんだろう・・・と私は思うわけで、それを翌朝になってネットで調べ、娘が起きてきたら教えてあげようと思うのである。


インターネットがなければ、それこそまた図書館へ行った際、モンゴル語の辞書を読んでみるがわからず、そういうことを知っていそうな知り合いに電話をかけるのかなあ、と思うが、自分がそこまで探究心を持っているとも思えないので放置かもな。


ちなみに、ウランバートルは「赤い勇者」、バートルだけだと「勇者」という意味らしい。



という世界が簡単に広がるから、絵本はすごいのだ。

スズキコージ




我が家にあるスズキコージの絵本。
これは素晴らしい。
本当に絵の素晴らしい作家です。
言葉も面白いし。


ああ、スズキコージの絵本をたくさん読みたい。と思いつつ時間は経ち。




というときに、やっぱり図書館。

図書館で娘が
「お母さん、スズキコージを借りまくるんでしょ?」
と思い出させてくれ、借りてきた。


スズキコージ祭りをしましたとさ。

しかし、まだ全部は借りていないので、まだ続く。

 

日常を大切にしています

 自分の環境も劇的に変わった今年ですが、最近は周りにも色々あって。


夏に横浜で、人形作りのワークショップをする予定でしたが、コロナで延期としました。

娘が夏休みに入り、朝起きては朝ごはん前には私のアトリエにこもって何やらやっている。



私よりも私のアトリエにこもっている時間が長いのではないかと思うほどだ。

夏休みはテレビ漬けになるかなと危惧していたが、全然そんなことはなく。

図書館で借りられる20年前のイギリスの魔女の学校のテレビドラマに夢中で、足繁く図書館に通っては家で多少見る程度である。


先日、娘が初めてバラエティ番組を地上波のテレビで見て一言。
「お母さん、これはドキュメンタリーなの?」
そうだよな。
バラエティ番組ってジャンルがバラエティなんだ。説明できない。

ドキュメントとかフィクションとか、娘の疑問に応えて説明しているうちに、娘の語彙には偏りが出てきている。
多分、娘の語彙の偏りは、かなりのものだと思う。
これが成長とともにならされていって、皆大体平均的な人になるんだな、と思うと少し寂しい。

母系社会の少数民族モソ人

モソ人だ!