ヴィネツネタテツポルト

私の娘が『将来飼う猫につける名前』が『ヴィネツネタテツポルト』だそうだ。

そうか。


私は『エジソン』にしたいのだが、ダメだと言われた。




マリちゃん

観葉植物を買った。クワズイモなる、サトイモ科の植物である。580円。

実家から私が持ってきた鉢に植え替えて、さて家族会議である。


議題:植物に名前を付けよう


娘「ユミにしよう。弓のように強く育つように」

私「そうか。ならユミちゃんで」

と決定して1分後

娘「やっぱりマリちゃんにしよう。鞠の様に美しく育つように!」

とマリちゃんに決まった。




数日後、娘が折り紙でお飾りを作り(ほとんど私が手伝わされて作った)短冊に願い事を書き、「マリちゃんに飾る!」と意気込む。

娘「でもなあ、願い事が無いんだよなあ」とのこと。

ふむふむ。願い事が無いなんて、素晴らしいことだな。
と思っていたが、何やら書いているようだ。





「わたしが おおきくなっても おかあさんが しんでませんように おとうさんも」

マリちゃん、よろしく。

雨乞い

休みの日に雨乞いをする私。

先週と今週、三連休で、娘が家におります。

と言う事は、私は仕事ができない。


晴れると公園やらに行かねばならないので、雨乞いをする。

雨が降れば映画でも見ながら私は娘の横で刺繍をするのだ。


しかしこの三連休、全て晴れてしまった。

そして三連続で公園通いである。


さて、焚き火ごっこをしたり、外でお菓子を食べたりしたり。

秋です。



厳しさ

娘を育てていると、『一人っ子を育てる親が厳しくないのは罪』な雰囲気があります。

私は根っからの日本人なので、『雰囲気』というのが気になります。


一人っ子ですと、外でわがままを言った場合「一人っ子はわがまま」と言われ、同じようなわがままを兄弟間で育つ子が言っても、「子供だから」と言われています。


一人っ子を育てる気の弱い人間には、一人っ子プレッシャーがかなりあります。


娘の行動に私が心から腹を立てれば私は単に怒るわけですが、そうではなくて「この行動は世間的に怒った方が良いのか?」と迷うことがあります。
だって、一人っ子だから甘やかして育ててるって言われると本当に腹が立つのです。


でもそうすると私は「自分が腹を立てて怒ること」と、「人に甘やかしていると言われたくないという気持ちから怒ること」という、ダブルスタンダードを持つことになっている。



しかし、「人に甘やかしていると言われたくない」という気持ちから叱る基準を設けても、その基準が自分の中でぶれるので、叱る基準が一定していない。
だってその基準が漠然とした『世間ならどう思うか』であるから、私は世間がよくわかっていないんだもの。
私は根っからの日本人ですが、感覚が若干世間とずれているのだ。
いつもいつも、色んなことで「普通の人だったらどうするか」を考えている。

人が関わってくる事柄に関しては、私は自分の決定に自信が持てない。
それは日本の教育においてとてもとても大事な「集団主義」に馴染めなかった私が、色々なものから阻害されて、自分は『変な人』だと思うようになったから。

世の中に「普通の人」なんていないのに、「普通の人ならどう考えるか」を考える。


でももう「人に甘やかしていると言われたくないから」怒るの、やめようかなと思いました。

私としてはいつもそんなに甘やかしている気はしていないけれど、私自身も娘自身も、癖がかなり強い性格である。
もう基準がわからない。


「甘やかしていると言われたくないから怒り」は、もちろん娘の甘えん坊を矯正するためと、あと私自身のためである。

しかし、これ、怒っても怒っても無意味なのである。

甘えが矯正されることなんて、今まで一つも無いのだ。


娘の甘えで一番困るのが、「ご飯を食べさせてほしい」というものである。

毎食、ほぼ確実に私がご飯をお箸で娘の口に運んでいる。

どんなに叱っても、怒っても、ひとりでは決して食べない。

「食べないなら片付けます」と言って片付けたことが一度あるが、自分で食べるくらいなら食べない方がマシ、という感じである。
この戦法でいくと、たぶん夕飯は毎食半分の量になってしまうので、彼女の摂取カロリーが低くなり、発育に良くない。

なので食べてほしいのだが、ひとりでは食べないのだ!!


家の中だけならまだしも、外でもやるからなあ。
しかも食事中に寝っ転がったり遊んだり。

これ、どんなに言い聞かせても怒鳴って怒っても、本当に今の今まで無意味でした。


そんな話を母にしますと「ああ、うちはお父さんがせっせと食べさせてたから。あんたも食べさせてもらっていたよ。何才までかは忘れたけど」とのこと。

なんかもう、怒っても意味のないことと、怒らなくても済むようなことは怒らないでいた方が娘の教育上良いのではないかと思い始めた。

とりあえず怒鳴らないで諭す戦法を、ということが夫婦会議で決まったのだが、果たしてどうなることやら。

私はせっかちなので、ぐずぐずされるのが嫌いなのだ。
ふにゃふにゃ娘がダラダラしていると、私はイライラして怒るのだ。

親は完璧な生物だと子供は思うもので、私も中学生までそう思ってきたが、今の自分を見ると本当に情けない。

甘い母でいいやという気になってきた。
だって可愛いんだもの。腹立つことも多いけれど。

私自身は叱られた記憶が一度もないほど甘やかされて育ったのだ。


正しい叱りかたがわからない。


差別をしてはいけない、人を傷つけてはいけない、とかそういうことならば明確に諭しかたがわかるのだが。



やはり人間は、集団で子供を育てるべき動物だろうなと思う。












しりとり

暇な時間に、娘と時々しりとりをしている。


私「そ・・・そば!」

娘「ば・・・馬肉!」



私「ら・・・らくだ!」

娘「だ・・・ダリ!」



私「う・・・うなぎ!」

娘「ぎ・・・犠牲!」


娘の言葉のセレクトが変化球すぎる。

同僚はカワウソ

会社で働いている夢を見た。

同僚がカワウソで、彼の年収が1500万円というのを聞いた。

同僚のカワウソに関する情報は色々あって、夜中に目覚めた時「カワウソすごいな、あれもこれも・・・」とカワウソについて考えていたが、ほとんど忘れてしまった。

カワウソは頭巾を被っていた。















ドラえもん

そろそろ5歳になろうとする娘が、ドラえもんに夢中である。

先日はレンタルDVDでドラえもんの映画を数本借りてきて、一緒に見た。

夜の絵本タイムにも、時々ドラえもんの漫画を読んで欲しがるほどである。


先日娘が
「ドラえもんには、心があるのかな?」
と聞いてきた。

すごいぞむすめ。

私にとってのドラえもんは、物心ついた頃から『生き物』で、ドラえもんが『ロボットだから心が無い』なんて今の今まで微塵も考えたことがなかった。




私は、密かに娘を尊敬しながら育てているのだが、またひとつ尊敬してしまった。






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