コーヒールンバ

朝、いつものように娘を保育園へ送ろうと思い、カバンを持ち上げると、芳しいコーヒーの香り・・・・

と思ったら、水筒に入れたコーヒー300ccがすべてカバンの中にこぼれていた。

朝、多めに入れたコーヒーをアトリエに持っていき、冷やしてアイスコーヒーにして午後飲むのが私の楽しみなのだ。


それがね。
昨日せっせと水筒を分解掃除して、朝、水筒を閉める時に中に嵌める部品を一つ、忘れていたのです。


財布をはじめ、すべてがコーヒーまみれである。


身から出た錆の悪いことが、一昨日から続いている。





さて、娘が今朝「たまちゃん、夢を見たよ。お母さんと、人魚のたまちゃんが海の底で、
ワカメ抜き競争をしていたらトロルがきて・・・・」と面白い話をし始めた。

そして「お母さん、たまちゃんの夢のノートはどうしたっけ?」と聞いてきた。

娘が3歳になったころ、面白い夢をよく見ていたので、娘の口述を私が書き留めていたのだ。

探してもそのノートが無い。仕方ないので、違うノートで再び娘の夢を記すことにした。

足の痛み

ある夜のことである。

しげるさんが「朝から足首が痛いんだよねえ」と言う。彼は裸足である。


見たら赤く腫れていた。

「赤く腫れてるよ。何かにぶつけた?」と指摘すると、しげる氏は自分の足首を見た。

「本当だ!腫れてる!」。



なぜ見ないのだ。なぜ、痛い部分を確認しないのか。

もはや謎である。



さて、娘が空中に字を書く。

さながら書道家で、しょっちゅう宙に人差し指で字を書いている。

「なんて書いたの?」と聞いてもあまり教えてくれない。

どうやら、字を覚えている最中の娘が、確認のために書いているようだ。

先日、実家の父に「たまちゃんが、いつもいつも宙に字を書いているんだよね~」
と言うと、「それ、ワシもやってた!」とのこと。そうかあ。遺伝なのか。




さて、娘の肌が弱い。これも私の父、私からの遺伝である。

娘の肌は、冬は乾燥で肌が荒れ、今の時期は自分でかいた汗にかぶれて、痒みと湿疹。
これからの夏本番が怖い。

毎夜痒みで目が覚めて、夜中の3時頃に30分ほど起きている時間がある。
昨日は1時間くらいかなあ。

汗を拭き、うちわであおぎ、薬を塗り。。。。
大人は寒いくらいなのだが、娘はジトーっと汗をかく。
それでいて鼻水をズーズーしている。

娘の睡眠時間が短くなるのが気になるのである。そのくせ保育園では昼寝をあまりしないようだし。

さて、真夜中に娘の難し話。

「ねぇお母さん、ゴキブリとたまちゃん、どっちが大事?」

「え?たまちゃんは世界一大事だけど、ゴキブリはむしろ嫌いだよ」

「でもさ、お母さんがゴキブリのお母さんで、たまちゃんがゴキブリの子どもだったらどうするの?」

「そりゃあ自分がゴキブリなら、ゴキブリのたまちゃんが世界一大事だよ。
 でも今は夜中だから、もうお話はやめようね」


このシュールな比較話が好きなのは、私の遺伝である。




さて、仕事でダリの画集が必要になった。

ダリの画集なんて、どんな本屋にもあるだろう。そうだ、古本屋へ行ってみよう。

そして実家にも数冊あるに違いない。

と思ったらどこにもない。実家のは処分してしまったようだ。

図書館に行ったらありました。

いつまでも あるとおもうな ダリの画集。

ゆきがふる あなたは来ない



今年に入ってから、アトリエを友人と共同で借りました。

タイル作家の有紀さんです。

さて、彼女が昨日、仕事でフランスへ発ってしまったので、私はしばらく孤独な日々を過ごすことになりました。

向かいの席に人がいない!



「美輪さんの、あれ、サモトラケのニケじゃなくて…」と言うと
「『よいとまけの唄』でしょう!」と通じる不思議。

「あれですよ、あれ、モロゾフの…」と言うと
「『パブロフの犬』ですね」と通じる不思議。


人のご縁は不思議なものです。

私が5歳の頃、家族で海で遊んでおりました。

私は板のようなプカプカ浮かぶビニール製の物に寝転がって乗り、海を漂っていました。


10分だか20分すると、父が泳いで迎えに来ました。

「お父さんでも、もう足が付かないよ。もっと浅い所へ帰ろう」と言いました。

今思い出しても怖いのである。

ビニールボートが転覆する恐れはいくらでもあり、そしたら泳げなかった私は死んでいた。




で、私は自分の子育てを考えると、そろそろ5歳の娘を、海やプールでたった15秒も放置することは絶対にないのである。常に見ていて、常に一緒である。


30年前のあの頃の私を放置していた母も今は祖母となり、私が実家にて、風呂に入った娘から少し目を離しただけでで「危ないから見てくる!」と心配している。



不思議である。私が第三子であったからと、あと30年前という時代なのかなと思う。

むかしはそんなもんだったのだ。

友人と話をしていても「幼少期、もしかしたらあの時死んでいたかもしれない話」というのが結構ある。

今の子にはあまり無いのでは。


小さな子どもは10cmの風呂でも溺れる、と聞くので、4歳の娘の風呂も放置はできません。
とは言ってもねえ、もう大丈夫でしょ。と思うのだが、先日二人でプールで遊んでいた際、子供用の40センチくらいの深さのプールで娘が溺れたのである。

私の目の前で溺れたので、すぐに引き上げました。

「大丈夫?」と聞くと、ゼーハーした娘は「顔を洗っただけ」と格好つけて言っていた。

足がついても溺れるのは本当なんだな、とよくわかった。

本人がパニックになるんだな。

やっぱり風呂ももっと気を付けようと思ったのである。


論破

車を運転中、赤信号にて、助手席に座る娘のほっぺがとても可愛かったので触ったら
「やめて」とのこと。

「だって可愛いんだもん」と私が言うと、娘が鋭い睨みをきかせて

「お母さん?たとえばたまちゃんが、お母さんの事をボカボカ蹴って、
お母さんが『やめて』って言っても、たまちゃんが やめなかったらどう思う?
それと一緒。嫌なことはやめて」

と言われた。


母は切ないぞ。とても切ないぞ。4歳児に論破されてとても切ないぞ。




さて、4日前の事。娘と公園を歩いていると、植木にカマキリの卵。

これは娘への教育上、持って帰らねば。


瓶の蓋に釘とトンカチで空気穴を沢山あけて、卵を瓶で観察することに。

どうやらネットで調べると、大体4、5月にはカマキリの卵は孵るらしい。

もう抜け殻かなあ。無理かなあ。と思い置いておいた。

昨夜、娘が「赤ちゃんが生まれてる!!」と騒ぐではないか!!


いますねえいますねえ。

懐中電灯片手に、家の前の畑に放してきました。可愛かったです。

語り合おう

娘が朝起きてから、「お母さん、あとで今日見た夢について語り合おうよ」と言った。

私はこの人生において、初めて人から『語り合おう』と誘われた。嬉しい。

どうやら娘は、波乱万丈な夢を見たようだった。



さて、先日の夕方のこと。アトリエから娘の保育園へお迎えに。

カモの家族が道を渡っており、車が停まっていた。

ここは、横浜。

アールブリュット

私の家の家具はほとんどが頂き物で、食卓として使っている古い座卓もしかり。
かつてなんかの『エライ人』がここでお茶を飲んだのよ、とくださった方がおっしゃっていた。

我が家の座卓は、かつてエライ誰かがお茶をした座卓なのだ。

しかし、どんなエライ人だったのかすっかり忘れてしまった。



私の母は趣味で洋裁をしており、布帛からニットから何でもかんでも服を作っている。

さて私の格好は、「母の作ったズボンに母の作ったシャツ、妹にもらった靴下」ということがよくある。

または、去年おしゃれな方が大量に服をくださったので
「その方に頂いたTシャツに、母の作ったズボン、その人に頂いたバッグに帽子」
という格好もよくある。
おしゃれなその方は細いので、ズボンはひとつも入らなかった。

つまり、上から下まで人から頂いた服か、母が作った服である。


さて、いつも物欲しそうにしている私だからか、時々本も手に入る。

区役所へ行けば、リサイクルの児童書がたくさんあるので、娘用に持って帰る。

近所の郵便局にはリサイクル図書が常に置いてあり、私は常にチェックしている。

昨日、今までのもらった本の中で最も良いものが手に入った。

これはすごい。新品同様、2017年出版の初版、そしてヴァージニアウルフである。
なぜ?どうして?
嬉しさに小躍りした。

ちなみに、先日は三島由紀夫のボロボロの「命売ります」をもらって来た。
私は三島由紀夫は、二冊読んだきり「嫌いだな」と思い遠ざけていたが、タダということで再び読んでみようという気になったのだ。



さて先日、東京駅のステーションギャラリーでの展覧会がとても素敵でした。





ところで私には憧れの陶芸家がおりまして、何度もその方の個展に通ったところ、名刺交換ができ、私の個展にも足を運んでいただいたという素晴らしいことがありました。
その方に、この美術展を是非紹介したいというおこがましい気持ちから、ミュージアムショップで購入した絵葉書で便りを送りました。


直筆のコメント入りの葉書が返ってきました。

私はアイドルの追っかけをした事はないのですが、きっとアイドルからファンレターの返事が届くとこんな感じの気持ちなのでしょう。

ここ数日、いいことが続いていて怖い。怖いのだ。



さて、訪れた美術展というのがフィンランドの女性のセラミックアーティスト
≪ルート・ブリュック≫の作品展である。


≪アール・ブリュット≫という言葉をご存じでしょうか。
英語では≪アウトサイダー・アート≫と言われるらしいですが、
伝統や権威的な芸術畑から解き放たれた、内から出る衝動のままに造られるアートの事でございます。

そして≪ルートブリュック≫と≪アールブリュット≫が私の中でコンガラがり、頭で整理してからでないとパッと言葉が出てこない事態になりました。




今日はトランプ大統領に追いかけられる夢を見ました。
娘に話すと、「なぜ追いかけられたの?理由は?」としつこく聞かれました。
夢に理由は無いのだ、と答えると、
「なんでもいいから適当に理由を考えて説明して!」と言われました。

娘はいつも、私がわからないことがあると「テキトーに考えて理由を説明して!」と言います。
だから私は、いつもテキトーな話をしています。

そうです、私はテキトーな人間なのです。

タニシは食べません

先日、しげる氏の帰郷に合わせて、大津に住む友人宅に泊まりに行きました。

沢ガニを川で捕まえて素揚げにして食べたり、琵琶湖でタニシを捕まえて飼うことにしたり。


さて、しげる氏のご実家では、娘が幼虫やらダンゴムシやらを子供バケツに集めたり、ジャガイモを掘らせてもらったり。





問題はタニシの死んだ殻である。

娘はタニシを飼うのに大津から虫かごで連れて帰って来たが、問題は浜で拾ったタニシを含む貝殻たち。

「水槽をお飾りするの」とメルヘンな思考で、タニシの水槽に、死んだタニシの貝殻やら他の貝殻が大量に『お飾り』されている。

私から見ると、死骸と生きているタニシの共演である。


一発芸

先日のお風呂の時間。

娘が脱衣所から「おかあさーん」と私を呼んだ。


行ってみた。

娘は脱いだ服の上に乗り、それを貝に見立て、右手で胸、左手で股間を抑え、

「ヴィーナス誕生」と囁くようにつぶやいた。




今、娘の中では空前のヴィーナスブームである。


母系社会の少数民族モソ人

モソ人だ!