DNA

さて、先日の記事で私が書いた事。

2つのラジカセを用意して、違う演奏者の同じ曲を同時にかける実験。
これを私は小学生の頃にしていたのだが、父も、一番上の兄も少年時代に同じ事をやっていたという話。


今朝、娘が夢中になってやっていた事は、3歳の誕生日と4歳の誕生日に、おばあちゃんからもらったバースデーカードを、
必死に、何度も同時に開いている。

開くと音楽が鳴るカードなのだ。



私が「なにやってるの?」と聞きましたら、

「どっちの曲が長いか調べているの」と答えた。


これってひょっとして、人類共通の普遍的興味なのか?

サロンパスの味

朝食に、昨日の夕食の残りのペンネをケチャップで炒めた物を少し出しました。それとパン。


ペンネを食べていた娘が「お母さん、このペンネに、たまちゃんの嫌いな物入れた?」と聞いてきます。

胡椒とか、ショウガとか、そういう刺激の強い物が娘は嫌いです。

「え?入れてないよ。いつも食べられる物しか」と私は答えたのですが、

「なんか、サロンパスの味がする・・・」と言います。


サロンパス?サロンパスの味ってなんだ???

するとしげる氏が「わかる。サロンパスっぽい」と言うではないか。

え?なんで?二人ともサロンパス食べた事あるの???



たぶん、これに入っている何らかの香辛料とケチャップの酸っぱさが合わさってサロンパスになったのではないかと思われる。

クレイジーソルト。

確かにクレイジーだぜ。(美味しいですよ)


サロンパス。

昨日がペシャンと潰れる

娘がお風呂でする好きな話の一つに、時間の概念の話があります。

「今日は、明日になったら昨日になるんだよね」

「あ!  今、『あ!』ってたまちゃんが言ったのは、もう過去だよね」

「今からお風呂を上がるのは未来」

「今お風呂に入っていたのは、もう過去だね」



そして昨日のお風呂では「今日が昨日になったら、今日はペシャンて潰れて、昨日になるんだね」と言います。

ペシャンと潰れる!すごいぞ。私の持っている時間の概念と全く一緒だ!


私にとっての未来、現在、過去のイメージがこちら。

過ぎ去りし日々は私の後に連綿と・・・・
未来はまだ潰れていない
横からの図


過ぎ去った時間が、ジャバラのようにペシャンと折り畳まれて、現在の自分の後に繋がっている感じだ。

そして4歳の娘も時間がペシャンと潰れる、と表現しているので、恐らく私のこのイメージと同じような感じではないかと思われる。






娘は保育園に平日は10時間近く滞在しています。

私といる時間よりも保育園の方が長いような気がしますが、やはり親の存在は特別で、
言語獲得においても保育園の誰の言葉よりも、私の影響が大きいようです。

『言葉を教える』というのは、同時に『思考の枠組み』をインプットしているようで、
『過去のイメージ』なんて複雑な事について娘に話した事は無いのに、私に似た思考の枠組みが娘の中にできあがっているから、同じモノに行き着いたのでしょうか。

遺伝で済む事ではないよなあ、と思いました。


そしていつも思い出すのが、私が小学校2年生の時、新たな言語を創造しようとノートに自分で考え出した単語と、その意味(日本語)を対比させてせっせと書き出していた記憶である。

そして、私の父も子供時代にまったく同じ事をしていたというのである。

しかし、父は忙しい人間だったので、私の思考の枠組みを形作る程私と対話をしていない気がするから、やはり遺伝子なのかな?とも思うのである。


私は小学生の頃、ステレオを2つ用意して中島みゆきの歌う『この空を飛べたら』と加藤登紀子の歌う『この空を飛べたら』を同時にかけ、音がズレる事をチェックしたりしていたが、父も子供時代に彼はクラシックで同じ事をやり、私の兄はロックでやっていたというから、興味の向く対象が似ているとか、物事の捉え方が似るとか、これは遺伝子のせいなのかもしれない。


遺伝子が過去をペシャンと潰すのかなあ。

「お母さんは、たまちゃんの事を育てるために生きているんだよね」と娘に言われた。

そして「育てるために可愛がっているんだよね」と聞かれた。難しい質問だな。



質問に答えますと、私は私のために生きていて、それが娘のためでもあるのです。

そして単に可愛いから可愛がって、同時に娘を育てているのです。

スカートのご注文を頂きました


ボディに着せるよりも、注文していただいた方が着た方が遥かに美しかったです。

お客様と一緒に生地問屋の日暮里へ行き、一緒に生地を選んで、5着の同時発注でした。

デザインは任せて下さるという事で、その方に似合いそうなイメージで。

実は私は、洋服を作る人間なのです。


それは権利

金曜日の朝、朝食時のことである。私は久々に電車に乗る日であった。

私は8時に家を出て、しげる氏とともに車で娘を保育園へ送り、そのまま駅まで送ってもらおうという日であった。

しかし、家を出るまでに洗濯物を干さねばならぬ。



私「もし8時までに洗濯物が干せなかったら、しげるさん、一旦家に戻って干しておいてもらわないと困るんだけど」


それを聞いていた娘、すかさず「それは権利?」


権利ではない。どちらかというと義務?

しかし、義務というとカドが立つな。


しかしそれより、何故『権利』という単語を知っているのだ、私の娘は。
教えた記憶が無い。
『義務』と『権利』を混同しているようだけど。


まつげ

朝食時、娘がしげるさんのまつ毛を見て「お父さんのまつ毛は長いねえ」と言い、
私のまつ毛を見て、
「お母さんのまつ毛は小さいねえ。赤ちゃんのまつ毛みたい」と言った。



『赤ちゃんの肌』『赤ちゃんの笑顔』、赤ちゃんが形容詞になる場合、大抵が褒め言葉であるが、ことまつ毛に関しては嬉しくない。

赤ちゃんのまつ毛を持つ女、それが私だ。



さて、私の仕事は現在、二日ごとに納期が来ているという事態です。

ハードルを飛び越え、2歩走り、そしてまたハードル、というのが続いている感じ。

これが楽しいのです。

重大な事実

日曜日の夕方、学生時代の友人が2人、はるばる我が家まで来てくれました。


5年ぶりに会うし、私も化粧くらいしておかないとなあ。

と思っていた。


さて、そんなこんなで、お昼は他の近所の友人と仕事の打ち合わせを兼ねたランチを一緒する事に。

ということは、午前中にコンタクトレンズにして化粧にして、ランチは近所の友人と会い、そのまま夜までいればいいかな。

と思ったけれど、なんだか丸一日コンタクトレンズと化粧をしているのが嫌だなあ。

顔に何か塗っている状態が不快だし、せっかくの休みに娘に頬ずりできないしなあ。


と思っていたら、午前中は掃除や洗濯で一瞬で過ぎて行き、ランチの時間になる。

ランチの後には、娘が外でまさかのお漏らしをしたりでてんやわんや。


気がついたら、駅へ友人らを迎えに行く時間であった。



楽しい時間が過ぎ、友人が帰り、私は入浴中に気がついた。

その日は化粧どころか、朝から顔を洗う事さえしていなかった。


ある日 突然

2018年11月30日金曜日の朝の事である。

突然、娘がしりとりをできるようになった。


不思議だ。なぜこんなにも突然なのか。今まではルールを理解していなかったのだ。



そして今朝も布団の中で「しりとりやろう!」と言うのでやっていた。

私の番が『く』で、「苦しみ!」と言いましたら、

「お母さん?その言葉はダメだよ」と言われた。

子供は品詞に敏感だ。



「お母さん、『すしまさ』を逆にすると『まさすし』だね」(寿司正=近くの寿司屋)
と娘が最近よく言うが、それは厳密に言うと『さましす』だよ、と言いたいが私は言わない。


ハイチュウ

娘「お母さん、英語教えて」

私「アイラブユーが『愛している』」

娘「お母さん!アイラブユー♡」

私「アイヘイチュー(I hate you)が、『あんた嫌い!』ね」

娘「アイ ハイチュー!」

ハイチュウはみんな好きだよなあ。



娘「お母さん。もしたまちゃんが、ドラキュラになったらどうする?」

私「たまちゃんなら、お母さんの血を吸ってもいいよ」

娘「いや、もしたまちゃんがドラキュラになったら、たまちゃんは崖から飛び降りて『体重を量る』」

『自殺を図る』と間違えたらしい。
どこでそんな言葉を・・・・?



娘「お母さん、『バー』ってなあに?」

私「お酒だけを飲むレストランみたいな所だけど、、、そんな言葉、どこに出て来たの?」

娘「ラジオもねえ、テレビもねえ、たまに来るのはカイランビンのお歌に、
  『バーもねえ』って出て来たの」



娘よ、吉幾三を口ずさむとは、将来が楽しみだ。

母系社会の少数民族モソ人

モソ人だ!