10日ぶり

熱や用事などで結局10日間も保育園を休んだ娘。

今日は久々の保育園でした。



さて朝起きるなり布団の上でゴネてゴネて「保育園は休む」と言い張る娘。

「おウチにいる。お母さんとずっと一緒にいる。保育園には行かない」と言い続ける。




さて、「なに言ってるの!さっさと起きなさい!!」と怒鳴ったら娘が泣いた。

なんて言う育て方をしていないのと、私自身がそういう育てられ方をしていないのでそれはムリで・・・・


一緒に布団にゴロゴロして気持ちを反らせたりして、なんとか保育園へ行く事ができました。



娘の性格は私に似ている部分もあるので、もしかしたら『幼稚園/学校へ行きたくない病』は中学卒業まで続き、高校は休み過ぎて留年しそうになる運命が待っているのかもしれない。

そんな娘だったら少々大変だけど、遺伝していたら私のせいだから仕方が無いのだ。

しかし自分に似ていたら扱い方は心得ている。


さあ来い。


シクシク泣く

娘は私の耳たぶを触る事で、気持ちが安心する様です。


二人で寝ようとしている時に、変な体勢で娘が私の耳を触ろうとする。

すると娘の腕が私の喉を圧迫して苦しい・・・

「苦しいからそうやって触るのやめて」と私が言いましたら、娘が少し離れた所で静かにしていた。


少し経って気になって見てみたら、シクシク泣いている。

シクシク!!

なんて可愛いのだ!!!!


どうやら私の言葉に刺があったようだ。

申し訳ない。

謝った。







私は寝る時、眼鏡を外したのをウッカリ枕の横(布団の上!)に置いた。

寝相の悪い娘の尻の下敷きになった。



朝起きて眼鏡のツルが外れていた!!!

「げ!眼鏡が壊れてる!」と私が言うと、これまた娘がまた静かにしている。


ちょっとして見てみたら、シクシク泣いている娘!!なんて可愛いのだ!!

「たまちゃん!たまちゃんは全く悪くないよ!布団は寝る所だもん。お母さんが酔っぱらって眼鏡を布団に置いたのが悪いのだから、悪いのはお母さんだよ!」

と慌てて娘を励ました。


好きそうな言葉

私は、娘が『たわわに実る』という言葉が絶対に好きなはずだ、と確信していた。


昨晩、娘との会話の中で、丁度「たわわに実る」を使える機会があったので使ってみた。

その時は何も起こらずに会話は終了したが、今朝、娘が
「お母さん、『たわわに実る』ってどういう意味?」
と聞いて来た。


しめしめ。やはり娘は『たわわに実る』が気になったようだ。


面白い言葉が好きな娘を、もっと楽しませるやり方はないかなあ、と日々模索中である。

叱るのが面倒

先日、娘がおひな様の備品を壊しました。

壊しただけでなく、証拠隠滅をはかったのでもの凄く叱りました。

ウソをつけるほど大人になったんだなあ、と思いますが、叱ることが兎に角大変である。


さて昨日は、夕食中に荒井由実の『ルージュの伝言』が聞きたいと言い出す娘。
レコードなので、私は操作が億劫で「ご飯食を食べ終えたらかけてあげる」と言ったのだが娘は納得せず、泣き叫んで机の下にもぐって大変であった。なんとワガママな。

その時は既に、娘が聞きたいという曲をCDで聞いていたのだ。

しかし泣き叫んだから敢えてレコードはかけない。泣き叫べば人が動くと思われても困るのである。




さて、先日借りたこの本に、「叱る事は大変だから『褒めれば良いなんてなんてラク!』と思った親が『褒めて育てる』を取り入れる」というような事が書いてあった。

(本の主旨としては、アメリカでブームになった『褒める教育』は、もともとアメリカ型の家庭(親が確固たる群れのリーダーで、子供はそれに従う存在)においては子供の自尊心を育てるのに有効であるが、日本的家庭(母子一体型で共感性の高い育児)でそのまま『褒める教育』を輸入すると子供が将来とんでもない事になるよ、というもの)

読んだ時は「叱るのって本当に面倒かな?」と思っていたが、叱る事は本当に面倒である。

叱るとその後の予定が全て狂うのだ。

泣く、暴れる、でご飯も食べない。風呂も入らないし歯も磨かない。

家事をしている主婦というものは、「布団で寝る」というゴールに向けて全て段取りを考えて動いているのだ。特に私はそういう性格なのである。

叱ると、その後の段取りが全てパアになるのである。

叱るのが本当に大変だなと思う。
そしてついに娘は、叱る事が必要な時期に突入したのである。

1円か100円か

1円だか100円だか忘れましたが、最近安くインターネットで買った本。

詩が好きな娘のために。

1972年初版のもので、小学生に詩を学ばせるための教科書みたいなものです。


まず詩が載っており、その後ろに解説がある。

そして詩を書くための心得みたいなことも。



この本は私の仕事部屋に置いている。

休みの日や平日の食後、私が部屋で作業していると娘がやって来て、彼女は彼女で私のミシンの後ろで糸で遊んだり、絵を描いたり。

仕事部屋に来る度にこの本を読んで欲しいとねだるので、詩を何編か読んでやる。

解説は全て読み飛ばすが、面白い詩が沢山載っている。

娘もそのうち幾つかを覚え、ふとした時にくちずさんでいる。


私はなるべく、娘に色々な言葉や表現を聞かせるようにしていますが、私が素敵だなと思う言葉と、娘が覚えたり好む言葉は全然ちがう。




さて、私の迷いはこれだ。

保守的&硬派な私としては、娘にこのキラキラした女子向けの本を与えるのに抵抗があるのだ。
しかし娘は、病院の待合室にあるこの本に夢中で、「あの本のある病院に行きたい」とまで言うのである。
9月の誕生日に買い与えるか、否か。
図書館で借りるには長くて読みきれないので、この手の本は買わねばと思うのである。

これも中古で1円である。送料込みで300円くらいかな。

どうしよっかな。

センダック

モーリス・センダック(1928−2012)というアメリカの絵本作家がいます。

一番有名なのは『かいじゅうたちのいるところ』という絵本です。


さて、私も2年程前に娘に買い与えましたが、娘はあまりこの本に執着はせず。
私自身もそこまで愛着がわきませんでした。



さて私の実家にあったこちらの本は好きなようで、娘は何度も読んでいます。

私が読むと、この本はとても不気味だと感じますが、娘にとっては不思議で少し怖く、魅力的な様です。

こちらは翻訳も魅力的で、私はとても好きです。



そして『こぐまのくまくん』のシリーズ。

我が家には4冊揃っています。
動物の絵本は沢山ありますが、こんなにも表情豊かに動物を描いている絵本を観た事がありません。
センダックって、絵が上手だなあ、と思います。本当に。



さて、娘とやはり通っている図書館(図書館に食傷気味になったので、しばらく図書館通いをやめるつもりだったが、やはりやめていない)なのであるが、先日はこれを借りた。

『グリム童話』とあるのに、私は聞いた事もないお話だった。

1816年、ヴィルヘルム・グリムが、ミリーという少女にあてた手紙のあとに、このお話が書かれていました。まさに150年ぶりに発見されたグリム童話に、くずれた絵本作家、モーリス・センダックが5年がかりで絵をつけたのが、この本です。」(amazonから)

らしい。
宗教色が濃く、日本人には自然に人気が出る絵本では明らかにないが、子供は何でも受け入れるもんですね。
娘は違和感なく読んでもらっていました。

さて、図書館で借りた本を、娘が好きになったかどうかは、二度目、三度目に読む事を要求するかどうかです。
この『ミリー』は今夜、娘に読んでもらえるのかなあ。


ついに

娘が「人魚って、おしっこはどうやってしてるのかな?」と聞いて来た。



それは私もかねてから不思議に思っていた。

謎である。

そしてその謎に弱冠三歳で挑んだ娘はエライぞ。

今朝の娘

今朝、娘は「なかなか人魚にならないんだよね」と言っていた。


短冊が願いを叶えてくれると信じて疑わない娘である。

短冊ひとつ

短冊ひとつ書くのが大変である。

娘が保育園からもらって来た短冊に願い事を書くという。

「字が書けない」と娘が言うのであるが、「そんなの、神様にはちゃんと伝わるからたまちゃんの字で書けば良いよ」と私が言うと、娘は点々とチョンチョンと線、そして自分の顔の絵を短冊に書いたのである。


なんて可愛いのだ。

とそれはさて置き、「なんて書いたの?」と聞いたら「人魚姫になれますようにって書いた」と言う。

それ以来、「明日の朝起きて、たまちゃんの足が魚になっていたらどうする?」と私にしょっちゅう聞くようになった。

「ああ。どうしよっかな〜。明日の朝に人魚になっていたら」ともしょっちゅう言う。



娘は本気だ。

どうしよう。本気で人魚になれるつもりでいる。


9番

先週末、私は仕事を持って実家へ娘と泊まり込んでいた。

夕食中、娘がタコを食べながら「吸盤って英語でなんていうの?」と言った。

私は分からなかった。

しかし私の父が「ナンバーナイン!」とオヤジギャグを言っていた。




吸盤は、英語でSuckerですって。


そういえば、指しゃぶりする子を英語で Thumbsucker と言いますが、同時にそんなタイトルのアメリカ映画が私の学生時代に公開されていた事を思い出しました。


シナプスってすごいなとここでまた思う訳です。



近所でフランス人とベルギー人が、ピザ屋をやったり畑をやったりニワトリが歩いている環境で英会話教室をしてゆったりと暮らしているらしい。
今日はそこに行ってきす。
しげるさんが持っていた中国の鉄竹を欲しいらしいのです。
ついでに私の作った竹籠も見せに行きます。

そういう感じです。


岡山に引っ越した友人が、捕った鹿を担いでいる写真を送ってくれました。
猟師にもなったようです。
今度鹿肉を食べに遊びに行きます。

友人の人生が羨ましいと思うのですが、私はニワトリをしめる事もできないのです。

ちなみに、フランス人とベルギー人は孵ったニワトリがオスならばしめて食べるらしいです。


そういえば、明日はチャボを30羽くらい飼っている知人が旅行へ行くので、世話を頼まれています。

小学生の頃からの私の夢はニワトリを飼って、卵を毎朝食べる事なのですが、やはりしめる事ができないので飼うのは難しいなあと思います。

ですので、その知人から時々頼まれるチャボ達の世話をして、その欲求を満たすのです。
「卵産んでたら食べていいよー」と言われているので。


ウマを飼って、近所までの買い出しにウマに乗って行くという夢もありますが、ウマの飼育費だけでとてもかかるので、やはりそれも諦めています。


母系社会の少数民族モソ人

モソ人だ!