昨日の時々

昨夜、娘が正しく『時々』という単語を使っていた。


どのように使っていたのかは忘れた。

なぜなら私は、酔っぱらっていたからである。


正しく『時々』を使う娘を見るのが、少し寂しい。



一昨日娘が、
「ねえお母さん、ナントカクリミノル ってなんだっけ?」
と聞いてくる。

相変わらず難しい質問をしてくる子だ。

悩んだ。


わかった。

マイケルジャクソンの曲『スムースクリミナル』のことだ。

フフフ

寒い

部屋で仕事をしていても寒いので、暖房を付けた。


しかし寒い。

お昼ご飯を作るために立ち上がって気がついた。

和室の窓が全開で、仕事部屋に寒い空気が流れて来ていたのだ。

結露が酷かったので空けておいたのだ。



最近娘が「人間はどうして動くの?」と度々聞いてくる。

なんて難しい事を聞いてくるのだ。





娘は、『最近』の事を『時々』と言う。

「時々、この本読んでないねえ」と。

可愛いので、ここ半年ずっと黙っていたが、昨日はついに

「『時々』じゃなくて『最近』だね!」と指摘してみた。


さて、次回、直っているのか否か。

見栄

見栄は大事だな、と思います。

昨日は滋賀へ行ってしまった友人が夜に遊びに来る(お酒を呑みに)ので、時間が無いけれど家の掃除をしました。

掃除をするだけでとても気持ちいいのですが、忙しいと掃除は後回しになってしまうので。

ある程度、見栄は大事だなと思います。





昨夕、保育園へ娘をお迎えに行ったついでにスーパーへ。

しげる氏は毎昼ご飯を食べに帰宅するので、生ラーメンは重宝します。


しかし、生ラーメンも美味しいのは結構高い。(2食で400円とか)
しかし美味しいのが食べたいな。

賞味期限間近だと30%OFFになっているので、
私は高い物が30%OFFになっているの『しか』買わない。


娘「お母さん、何探しているの?」

私「うーん、ラーメンが安くなっていないか見ているの」

娘「りえちゃんにもらったヤツ、まだいっぱいあったよ」


確かに!
友人りえちゃんの結婚パーディーで引き当てた、『全国うまいラーメン12食セット』がまだ家にあった!!


なぜ私の娘なのに、こんなにしっかりしているのだろう。
生まれる場所を間違えて来た娘かもしれない。


そういえば、今日の朝も保育園で娘に怒られたな。
「お母さん、今度はコップと歯ブラシ忘れたの?忘れん坊だなあ」。


この調子でしっかり育ってほしい。
そして母を見限らないで欲しい。


それにしても、家の食料事情を主婦の私よりも把握している三歳児、恐るべし。




先週は、娘にねだられてカマボコを買った。
カマボコは、娘の(私もだけど)大好物である。

そして土曜日。お昼のラーメンにカマボコをのせて出した所、娘がひと言。

「ラーメンにカマボコって、最高だね!」。

大人になったなあと思います。


娘は毎日、お皿に
・とろろこんぶ
・かつお節
・お麩
・昆布
をのせて食べている。
そして好物は海苔やカマボコである。

私と好みが全く同じなのが、本当に不思議だ。


お鍋のあとに、残った昆布は娘と私の取り合いである。

なぜだ

「台所に置くタオル、新しいの一枚持って来て〜!」

と娘に頼んだら、

「お母さん 置く タオルじゃなくて、 かける タオルでしょ」。


と言いながら、タオルを持って来てくれた。



「早く、自分で着るズボン持って来て!」

と娘に言うと

「ズボンは 着る じゃなくて、はく でしょ」。

と言いながらズボンを持ってくる。




そして最近娘が、「もしくは」を多用している。
「もちくは」なのが、本当に可愛いゼ。



今朝は「あのね、お母さんにひとつ、お知らせがあるの」と何か変な事を打ち明けられた。
「お知らせ」は「秘密の告白」の事だと思っているらしい。
ちなみに打ち明けられた事は、鼻の穴からピンクの象が出て来たとか、そんな事だったと思う。


娘のここ数日の娘の悩みは、「なんでウンチはお尻から出るの?」である。

鼻から出たら臭いでしょ、と私が答えると「目から出たら?耳から出たら?肘から出たら?」とあらゆる想定でどこからウンチが出るとどうなるか、を二人で検討している。


昨日は、「どうすれば、雲に乗って、雲を食べられるの?」という真剣な相談をされた。

「・・・実は、雲には乗る事ができないんだ。あれはうどんの湯気と同じなの」
と説明をしたが、
「でも、モモちゃんは雲に乗って食べていたよ」
そうか。娘は『小さいモモちゃん』のお話を現実だと思っているのだ。



実はあれは本当ではないんだ と説明するのも無粋だし、仕方ないので二人で雲にどうやったら乗ることができるのか、の検討会を開いた。

休みの日はいつも、そんな感じである。




昨日もナウシカを娘と見た。途中、トルメキア兵との戦いの場面で、少しテクノ調の音楽が流れた所で「なんだかマイケルジャクソンのに似ているね」との指摘。
80年代の音に敏感な娘である。


そういえば、先日マイケルジャクソンのCDをCDラックで探しているときにプリンスのアルバムが出て来た。90年代最後のアルバム。
本日は朝から車内でプリンスである。


高校生の頃に買ったアルバムで、購入以来あまり聞いていなかったもの。
時間が経つのが本当に早い。もう17年前です。
なかなか良くて、しばらく車で聞こうと思いました。


ナウシカとマイケル

風の谷のナウシカとマイケルジャクソン。

共通点がある事に気づいた。



ジブリ作品に数多く音楽を提供している久石譲であるが、彼はマイケルのプロデュースをしているアメリカのミュージシャン、クインシー・ジョーンズから名前を取っているのだ。

くいんしい じょおんず → くいいし じょう 久石譲



なんだか良かった。



結露のカラクリ

寒くなり、窓の結露を見た娘が、「どうして水が出るの?」と聞いてくるので、「外が寒くて、家の中が温かいと、結露が出るんだよね」と答えると、「どうして?」と聞いてくる。


どうしてだ?
調べても、私の頭ではイマイチ理解ができない。
しかも娘にそれを説明できない。


「失礼と迷惑は、どう違うの?」とか「確認と相談はどう違うの?」とか、そういう事ならすぐ答えられたのだが、理系の質問には困る。

しかし、「どうして『あかいろ』には『あ』が付くの?」という質問も難しすぎる。

将来歴史言語学でも勉強して、『あ』の歴史について研究してくれたまえ。


娘が「バウムクーヘンは英語だよ」というので、「それはドイツ語だよ」と訂正できた事が、もはや私の唯一のホコリである。いや、誇り。



そういえば私は小学生の頃、初めて『結露』という単語を知った。

当時住んでいた団地の窓の結露を、母が上の兄に「結露拭いてくれる?」と頼んでいたのに遭遇したのだ。

その時私は、「けつろ」と言う言葉はロシア語だと信じた。

そして日本語だと知った時の、あの気持ち悪い感じ。
時々思い出すのだが、本当に、何故『ケツロが日本語だなんて、なんて気持ち悪いんだろう』と思ったのか、謎である。

結露は日本語である。それは間違いない。

メダカ

我が家にはメダカが2匹おる。

最初は20匹か30匹もらったのだが、次々と死に(なぜ?)2匹はここ数ヶ月元気である。


しかし、1匹の稚魚が空気のポンプの中に入り込む。

入り込んでいるのを発見しては、水槽に手を突っ込んで、ポンプを分解して救出するのだが、それが昨日は3度もあった。

いい加減にして欲しい。



とりあえず、ポンプの入り口と思しき箇所にスポンジをはめたら、それからは入り込んでいない。

変わった趣味のメダカだ。



それにしても、私がブログを頻繁に更新している時期と言うのは、確実に忙しくて現実逃避をしている時期なのです。


とりあえず、マイケルジャクソンをユーチューブで見ながら洗濯物を干します。

マイケルとナウシカ

マイケルジャクソンとナウシカで、今の私の頭はいっぱいだ。

ナウシカのマンガは、図書館にあるようなので仕方が無い、時間がかかるが娘と通うことにしました。

マイケルジャクソンは、私は一枚だけアルバムを持っています。
CDラックのどこにあるのか分からず、ようやく見つけました。
(CDラックの整理をせねば、と思いついに4年も経ちました)




先週末から家では料理や娘と遊ぶ時はマイケルをかけている。

洗濯物を干すときは、パソコンでユーチューブマイケル。

マイケル!マイケル!マイケル!!!

風の谷のナウシカ

娘も私も風邪を引いた。

外出はできない。


しょうがない、レンタルで『風の谷のナウシカ』のDVDでも借りよう!と思いツタヤへ行きました。

10年ぶりくらいにツタヤへ行くと、入会料も無く、一週間のレンタルで200円という安さ。

「え?こんなに安いんですか?」と衝撃を口にしてしまいました。



さて、以前ネットを見ていた際、何故か宮台真司のブログに行き着き、

・三歳の娘のおもりをしながら原稿を書かねばならず、娘にナウシカを見せたのだが、5分に一度は映画の内容の説明を求められて、その度に映画を一時停止し、内容を説明し、そして再生している

というような事が書いてあった。
兎に角うろ覚えなのだが、大変だなあと思った。




さて私も娘と見始めたら本当に面白い。

と思っていたら、我が家も宮台家の娘さんと同じような感じで、見ていても娘が私に説明を求め、説明していたらセリフが頭に入らない。

これは1人で見直すしか無い。


ナウシカ、たぶん20年近くぶりに見ましたが、こんなに面白いとは・・・

そして、私は小学生の頃読んだ原作マンガ。

読みたい・・・読みたいYO!!!!!

マイケルジャクソンに夢中

「休みの日はマイケルジャクソンを見ても良い」という決まりが我が家にはあり、最近の休みの日は娘とマイケルジャクソンのミュージックビデオを見ています。

娘の大好きなアリババっぽい内容だったり、マイケルが魔法を使ったり。
とは言っても、娘の好きな4曲全部を見ても20分程度ですが。


先ほども三歳の娘は「お母さん、お昼寝の前に、マイケル見て、絵本読んで、それから寝たい」というので、その通りに実行したのだ。


マイケルはすごいな。本当に天才だよな、と私も一緒になって食い入るように見ています。
懐かしさも相まって、マイケルが熱い。

しかも何故今マイケルなのかと言いますと、実家の父が最近はマイケルの研究に夢中で、先日実家へ行った際も1時間、マイケルのスリラーについて話していた。

やはりスリラーはすごい。あれほど面白いミュージックビデオは無いぞ。
エポックメイキングという言葉が本当に適したビデオである。




スムースクリミナルという曲があり、私は小学生の頃、
サビの部分の"Annie are you OK?"を『エジエジモッジ』と歌っていると思っていたのだ。


しかし今聞き直しても”Annie are you OK?”と聞き取れない。

どうやら、マイケルの美学に基づく独特の発音があるようで、この歌詞以外でも不思議な音が沢山出てくるらしい。(法則性はあるらしく、説明を受けたけれど忘れた)

そしてマイケル語は聞き取りにくいので、アメリカでも珍しく歌詞カード付きでCDが売られているそうだ。

と父が言っていた。

しかし、このSmooth Criminalを見ると、本当にマイケルってスゲエな呆然としてしまう。

まえに This Is It というマイケルの映画が日本でもとても流行ったが、別段マイケルを見たことも無い周りの人間が「マイケルすごい」とか言い出して、私も全然マイケル通でもないのだが、しかしなんだかそれが気に食わずに見ずに今まで来てしまった。

見なければ。

今でしょ。


さて、BADのビデオは監督がマーティンスコセッシだったと今更初めて知ったり、Beat It はウエストサイドストーリーみたいじゃん!だったり、なんだか楽しい。

それにしても、ダンスも天才、歌も天才、ソングメイキングもビデオのプロデュースも天才で、マイケルは本当にスゲエと思います。

・日本人はシャガールが好きだよね
・赤いサンタの服が有名なのはコカコーラのせいだよね
・ピカソって絵が超上手いよね
にならんで、
・マイケルって天才だよね
とよく言われますが(今テキトウに作った)、凡庸な表現なのが切ないが、マイケルは本当に天才だなと思った次第です。


さて、私が10代になり、マイケルが新曲を出さなくなった頃には妹のジャネットジャクソンの活躍が目覚ましく、整形によってどんどんかわっていく彼女の胸の形を見ていました。


ちなみに、『ミュージックビデオ』の事をナウなヤングは『PV(プロモーションビデオの略)』と言いますが、私は『ミュージックビデオ』で育ったのでそのナウい単語を使えません。


中学からの友人、鈴木メグミちゃんを、私は彼女のあだ名の『鈴木ちゃん』と呼んでいたが、高校に入って突然「メグって呼んで!」と言い出して、私はついに高校三年間、恥ずかしくて一度も彼女を呼びかけることができなかった。

私は、女子が下の名前で呼び合うナウい馴れ合いが苦手だ。

しかしそれとマイケルはなんら関係ない。

髪の毛

一般的に女児のいる家庭では、その子の髪の毛を伸ばすかどうかの話し合いが、多少なりとも夫婦間で行われるものである。

我が家も一応そのような話し合いがある。

私は、
・短い髪が今の娘に似合い可愛いと思うのと、
・長い髪は洗うのも結ぶのも面倒なのと、
・なにより私の娘自身が、『髪の毛を結んでいる状態』がストレスの様で、結んでも結んでもゴムを取ってしまう。

という理由から、娘の髪の毛を短くしている。

ところが短くすればするほど、丸い顔が際立って何とも言えず可愛い。

ついつい切り過ぎて、「もう少し長い方が良い」という意見も出て、冬は寒いし、伸ばすことにした。

しかし、前髪が伸びて来た時点で気になる。
ヘアピンで止めても娘が外す。

このままでは髪の毛が目に入るし、だらしがない。
前髪を切るしか無い。



切った。



切ったらやはりあまりにも可愛い。

娘がプリプリ怒って私に文句を言っている姿も見とれてしまう程可愛いのだ。

心が張り裂けそうな程に可愛い。



『怒っている君も可愛いよ』というセリフの意味が、ここ数年で初めて理解できた。


しかし娘の髪の毛の管理を親が出来るだなんて、たぶんあと1年だな。


眉の細いチンパンジー

チンパンジーには眉毛は無い。と思う。

しかし私は、『眉を細く手入れしているチンパンジーを、ボリビアでピダハン族と一緒に育てている』という設定の夢を見た。

恐らくこの夢は、

・マイケルジャクソンの眉毛、すごく細く手入れしているな
・そういえば、マイケルジャクソンってチンパンジー飼っていたな
・ボリビアに行った友人、羨ましいな
・ピダハンの本、友人に貸したな

という私の気持ちが混ぜこぜになってあんな夢になったようだ。


そう、ピダハンとは、アマゾンの奥地に暮らす少数民族のことである。

(彼らはボリビアに住んでいない)

友人のフクモ陶器のブログで紹介していたのを見て、あまりにも面白そうで購入してしまった。
高い本であったが、面白かった。

アメリカ人の言語学者であり伝導師の著者が、聖書をピダハン語に訳すためにピダハン族のもとで暮らし、ピダハン語を解読していく。
家族で滞在もするのだが、マラリアで奥さんと娘が死にそうになって、町へ行くのに数日かけて病人連れで屋根も無いボロボロのボートで川を下ったり(その他に、元気な2歳児と8歳児も一緒に)。

ようやく一命を取り留めて、その後アメリカに少し帰って、そしてまたピダハンの所へ帰ってくる妻と子供達。すごすぎる。
その奥さんも、伝導師に育てられた女性で、小さな頃からアマゾンの少数民族のもとで暮らしていたというすごい経歴なのだ。そうでなくっちゃなかなか難しいよね。


著者が20センチもあるタランチュラを叩き殺したり(ピダハンはタランチュラを殺さない。タランチュラはゴキブリを食べてくれるし、害はない・・・らしい)、10mの蛇に追いかけられたり、ハンモックで寝ていた2歳の息子がゴキブリだらけの床に落ちたり、そういう箇所を娘に読んで聞かせるとすっかりハマり、「お母さん!ピダハンの本を読んで!」とすっかりピダハン通になった。
大人向けの面倒な本でも、内容が分かり易いと3歳児でも楽しめるもんなんだなと分かりました。


しかし、例え言語を解読しても、価値観の違いの壁があまりにも高すぎて、現代社会(近代社会でも)に生きる人間と価値観が共有される事は無い。
時代と言うより、地域性?
ピダハンは、様々な少数民族を見てきた著者によると、少数民族の中でも、文明社会と触れても確固たる価値観が揺るがない希有な存在で、物質主義とは正反対の価値観の持ち主。

多くの宗教は物質主義に抗うためにあるような感じでしょうが、とにかくピダハンには付け入る隙が微塵も無く、宗教の『し』の字も理解してもらえない。
だって文化・価値観そのものが物質主義的でなく、物を所有することに全く興味を示さない。
『食事』『睡眠』に対する感覚も全く違う。

言語ももちろん全然違って、文字が無い、数の概念が無い、色が無い、チョムスキーをも否定する。

衝撃的だったのが子育ての仕方、運命に対する首尾一貫した冷静な態度。

我が子を殺す、幼子が包丁で遊んでいるのを放置する、など我々には理解を絶する行動も、ピダハンの価値観を知ると愛情からの行動であると理解できる。(本を読むとその価値観は尊いものではあると理解できたが、共感はできない)

出産は1人で乗り越えるべきもので、他の者が手助けをしてはならない。
出産がうまくいかず、死にそうになっている姉を見るだけで全く助けない妹、そして村人達。
結局妊婦も赤ん坊も死んだが、妹や村人に愛情が無い訳では決して無い。


『文化の違い』もここまで来ると、住んでいる星が違うのではないかと思うのであるが、彼らの愛情深さは絶対的なもので、彼らに比べると、私は浮ついていて本当に芯のない人間だなと思いました。


さて、著者の伝導師は、ピダハンの価値観のあまりの崇高さ(?)に参ってしまって、最後には宗教を捨てます。妻とも別れます。


確かに読後、私も自分の薄っぺらさに滅入りました。


しかし私には、欲しい物が沢山ある。仕方ない。

まず、ちゃんと音の入るラジオが欲しい。



ボリビア

友人がボリビアとペルーへ行って来たようだ。

昨日、娘も連れて、三人でランチをした。

コロンビア製のチャイのティーバッグを頂いたので、今飲んでいる。

娘へは、アルパカの人形のお土産。
娘は余程嬉しかったようで、4足で直立不動のアルパカを寝転がし、ハンカチをかけてやっていた。


娘がテレビを見たいようだが、我が家にはテレビもDVDも無い。

なので昨夜から、マイケルジャクソンのミュージックビデオを二人で見ている。

『スリラー』『ビリー・ジーン』『Remenber The Time』
など、物語性のあるものは楽しめるようだった。

これはいい。

これから、週末はユーチューブでマイケルだ。


 


文字

娘は三歳になったばかりですが、最近、平仮名をすべて覚えました。

毎日毎日、頑張って覚えさせたのです。
それから簡単な漢字も幾つか。



というのは全くのウソである。

もちろん何も読めません。

文字の無い世界に生きる子供は面白い。


今朝、娘が新聞に書いている文字を指さして、「日本一の・・・」と読み上げてくれたのだが、差している文章は「怖いもの知らずな」である。

一文字で一音、という感覚も全くないのですが、「日本一の・・・」と読み上げた所で娘が、「たまちゃん、まだ三歳なのに字が読めてすごいねえ。五歳じゃないよ。三歳だよ」と自慢してくれました。

どうやら、本当に読めている気でいるようだ。


それで推測できたのだが、娘にとって、文字とは全て『読んだ人間が恣意的に解釈していいもの』との認識なのかもしれないなと。

いいな、それ。

しかし、『あいうえお』『12345』『ABCDE』とそれぞれの文字の集合を見ると、「字」「2とか3とか」「英語」と判断して言っているので、なんとなくデザインの違いは認識しているようだ。(教えた事は無い)
そして、数字の集合とアルファベットの集合を、デザインで違うものと判断できるなんて本当にすごいなと思う。娘がすごい、というより、アラビア数字とアルファベットのデザインがすごいのだ。
二歳の頃から区別がついていた。これこそユニバーサルデザイン!



いやしかし、長い絵本を、長過ぎるので割愛して読んでいると
「あれ、お母さん、つばめが泣くところが無いよ」と指摘してくる。

文字も読めないのに・・・・

娘は、絵本の内容やセリフを、私よりも遥かに記憶している。

羨ましいな、あの記憶力。


昨日頂いたプリン。
2つあって、ひとつは娘が食べました。
「もう1個は明日二人で食べようか」と言っていたのですが、娘は忘れるだろうから、昼間に私が1人で食べてしまおうと思っていた。

そしたら今朝「お母さん、今日は夜に、二人であのプリンを食べようね」とキラキラした目で見つめられた。

私はなんて心の醜い人間なのだ。

【未公開映像!】ドラマ「僕の姉ちゃん」メイキング第5弾

水曜日25時から最終回のあるドラマ『僕の姉ちゃん』のメイキング映像が配信されました。 オープニングのメイキングも観られます。 おや、私が映っているぞ・・・