ずるい女

寝る前に、娘に本を読んでやります。

最近はセンダックのくまくんシリーズ。

人形の手が折れるシーンを繰り返し読んで欲しがるお年頃です。

娘にはまだ難しい部分もあるので、分かり易く読んでやりますが、好きな様です。

というか、簡単な子供向け絵本よりも私自身が読んでいて楽しいので、

「今日はくまくん読もうよ!」と私が誘ったりもします。


さて、30分弱の絵本タイムも終わりまして、電気を消して、お話をします。

私は眠たくなるので寝ます。

娘は寝ません。

するといつも

「おかあしゃん、お茶が飲みたい」と言います。

「お父さんと飲んで来て」と私が言っても泣いて「おかあしゃんと!」。


娘はお茶が飲みたい訳ではないのです。

お茶を台所へ飲みに行くと、そこに本棚があるのです。

「あ、これも読んで」

と、今度は違うくまさんシリーズ4冊を手に取ります。



「もうネンネだからダメ」と私は言いますが、今度は「読んで読んで!!」と泣き叫びます。

泣き叫んだ末に親が折れると、「泣けば親が言う事を聞く」と子供は思うので、基本的に泣いた子供に従うなと言われています。

いやしかし、娘は体力と執念がすごいのだ。

たぶん、泣いているのを放置すれば30分〜1時間は泣き続けるだろう。

近所迷惑だし、まあ保育園で頑張ってるし、しかたないなと思うのです。

そして読んでやるのです。

(基本的に無理な事、例えば「晩ご飯の前にバナナを食べる」等は、娘は言ってみるもの『無理』ということはわかっているので、泣き叫んだりしません)




それにしてもコンサートでのアンコールでもあるまいし、寒い冬に暖まった布団から出て台所へ行き、さらに違う本を読むのが私は嫌だ。

不機嫌になった私は、腹立ちまぎれにぶっきらぼうに絵本を読みます。

すると娘の指導。

「お母しゃん!大人になって!!ちゃんと読んで!!!」

不機嫌な時に、優しい声で絵本が読めるほど、私は大人ではない!

しかし娘は、「おとなになって!ちゃんと!!」と怒るのだ。

(日頃私がふざけたりするので、娘は『大人=いつもの状態』と思っている様です)



ああ、私は担々麺が食べたくて仕方ない。

ひき肉が冷蔵庫にあるので、お昼に作ろうかと思ったが、担々麺には練り胡麻が必要なのだ。

胡麻はあるので、それをすり続ければ練り胡麻にはなるのだが、そんな事をしている時間はない。

なのであんかけラーメンで妥協しよう。

昼はあんかけラーメンを作るのだ。

私の娘 ではないかもしれない

ずぼらな人間と言うのは、カーデガンを裏表逆に着てしまったりするものです。

つまり、脱ぐ際に脱ぎっぱなし。裏っ返して放置するからなのです。


しかし私は、そのずぼらな人間を超えています。

裏っ返しに着ても、
「これを脱ぐ時は、今度は正常な状態に戻るのだから、今は裏ッ返しのまま着ていた方が労力を使わずに済む。次回は正しく着られるではないか」
と考えているので、基本的に表裏が逆でも着替えません。

基本、家で仕事をしているので外へは出ませんし、出るところで今のシーズンはコートを着るのでバレません。

お昼ご飯をしげるさんが食べに、家に帰って来ても、しげるさんは私のカーデガンの表裏に気づく人間ではありません。



しかし私の娘といえば・・・


S字フックが足りないからもっと欲しいと言われ、昨日2コ追加しました。

この美しい並び。

二歳とは思えぬキチンと感。


私が髪の毛を下ろしていると「お母しゃん、お髪結んで!」と怒るし、一体どちらが母親か。


太田 大八

私が幼い頃に大好きで、その後もずっと好きだった『ちびくろサンボ』の絵本があります。



最近娘のお気に入りになり、再び注目してみると、この本がすごい。

画家の小磯良平が監修している。

すごい。本当にすごいじゃん!!


で、去年の夏にしげるさんのご実家にあった絵本。
色合いが素敵だなあ、と思い娘に読んだら、大層気に入っていたので
頂いて来たのですが、これ。

先日気づきました。二冊とも絵が太田大八。

太田大八って誰だ?と調べてみたら、「あの絵本も、この絵本も!」色々描いてらっしゃった。



絵本って、本当に面白いです。


少し難しいかな?と思いつつ、娘に読んでやったらゾッコンになりました『ふくろうくん』。
私の実家にあったものです。

今朝も「保育園行かない!ふくろうくん読んで!」と大変でした。

これは本当に面白い。この本、最近私が読んだどの小説よりも面白かったです。

娘に絵本を読んでやる場合、『今の娘にはちょっと難しいかな』という位がちょうど良いようです。
その微妙なラインが難しいのです。

(今でも『金魚がにげた』を読んだりもしますが)



ふくろうくんに関しては「この絵本、娘は全然理解していないんだろうな」と思うのですが、本人は楽しそう。

そうだよな。
私もトルストイの小説が面白いと思うけれど、「君はトルストイを理解しているか?」とロシア文学者に聞かれても理解なんてしてないもんな。おっぱっぴーだぜ。

理解していようがしていまいが面白いのであれば良いのだ。

娘が理解しているのかどうか、そんな事を気にしているのは野暮だな。

そしてそもそも私だってふくろうくんを理解なんてしていないのだ。
ふくろうくん、ごめん。
そして娘よ、ごめん。

寿司を食べる

今年に入って、私は寿司を3回も食べました。


すべて、夢の中で。


今朝も夢で寿司を食べました。ふふふ





ついでに今朝の夢は、『18歳の息子を溺愛している私』の夢でした。

『娘より息子の方が可愛い』と言う方の気持ちが理解できました。

外出先で私が息子と腕を組みたがるのですが、息子は「母ちゃんやめろよ!」とか言うのです。
でも結局組みましたよ。ウフフフ


しかし謎が残ります。
夢の中の『18歳の息子』は、何故か黒人の血が混じっており、でも顔がしげるさんにそっくりなのです。

つまり、私の実の息子ではあり得ないのです。どういうことなのだ。



子供の記憶力

「えりまきって、マフラーのこと」

「こどくって、ひとぼっちりのこと」

「お墓って、お坊さんのこと」

なんか間違いもあるが、一度教えたことを数日後に言い始める娘。びっくりします。

保育園で教わって来たのか、ある日突然
「ちょきんばこんって、おさいふのこと!」
と言い出しました。
そもそもなぜ貯金箱という単語を知っているのかもなぞ。


さて私の大好きな『ぐりとぐらのかるた』。


私は全ての読み札を暗記しています。


娘に教えてみましたら、二度ほどでほぼ覚えました。
(ひらがなはわからないので、絵で読み札を記憶)

子供の記憶力ってすごい。
(そして二歳児でもすぐ理解して覚えられるこのカルタの素敵な絵と文がすごい)

これで夜や週末は楽しんでいます。


で、子供の記憶力がすごいから、幼いうちから英才教育をしたくなる大人がたくさんいるんだなと納得。
スポンジみたいだ。
こりゃ楽しいんだな。

ただ幼児に必要な事とは情報を記憶させる事ではなくて、考える力の基礎を作る事であると思うので、
よく食べよく体を動かして、よく遊びよく笑う生活をさせるべきだと私は思っています。

ついでに小学校からの英語教育には反対です。

瀕死のガリア人

「瀕死のガリア人」というタイトルの、教科書にも載っている彫刻作品があります。


すごいタイトルだな、というインパクトから、私の頭に刻み込まれました。


娘が眠たいのに寝ないで不機嫌の絶頂になると、『瀕死のガリアじん〜』と頭の中でグルグル回るようになりました。


わが娘は体力のある子なので、『気がついたら眠りに落ちてる』ということが、まずありません。
ついでに癇の強い子でもあるようです。

1歳になる前に、たった一度だけ私が疲れ果てて寝た横で寝入った事がある事と、
この前のお正月に昼寝の前に本を読んでやっている最中に、見ると寝ていた事。

娘が生まれて860日程度の中で、『気がついたら眠りに落ちてる』がたった二度しかありません。

今日は、特に大変でした。






さて娘は本が好きなようで、寝る前に必ず数冊「読んで」と持って来ます。

どんなに眠たくても、目を擦ってあくびをしながら本に執着します。

私が読み聞かせている時に、しげるさんが話しかけて来ると、本が中断されるので大変。
娘はしげるさんをひっかいたり叩いたり。

最近、娘は和服に反応するようになりました。

「あ、お着物きてる!」と言います。

違いが認識できるんだなあ、と感心しました。


さて私は、娘を扱うのにテキトウなことばかり言ったりやったりします。

先日、娘と湯船につかっていると
「お母しゃん!お刺身ごっこしようよ!」と言います。

「え?お刺身ごっこってなんだっけ?」と言うと、怒り出す娘。

「じゃあ、女将さんごっこ!」代替案を提示する娘であるが、

「え?女将さんごっこってどうやるんだっけ?」

たぶん、どちらも私がテキトウに名前をつけて遊んだヘンな遊びであるが、もう忘れてしまった。

しかし娘をケラケラ笑わせれば本人は満足するので、「まぐろだああ!」とか言いながら変な事をして笑わせて難を逃れた。




この前の朝は、「ほいくえん、行かない!おうちにいる!」と言い張る娘。

仕方ないので私は
「じゃあさ、車に乗ったら『お母さんピロピロテレビ』やってあげる!」
と言いました。

「お母さんピロピロテレビって、なんだろう。。。」と思わせたらこっちのモノです。

車に乗り込み、さあ出発!

そして娘が言います。
「お母しゃん!アレやって!!」

しかし私は、すっかり『お母さんピロピロテレビ』を忘れていた。

私「アレって、童謡のCD?」
娘「違う!CDじゃない!!アレ!!アレなの!!」

一悶着あってから、私は『お母さんピロピロテレビ』を思い出した。

とりあえず娘を楽しませればそれで良いので、クマがワニに噛まれて病院へ行って大変だったという臨場感溢れるお話を聞かせ、難を逃れた。


しかし私のテキトウなるでまかせの被害者はもう1人いるのだ。

それがしげる氏だ。

しげる氏と娘が風呂に入ってくれれば、その間に私は夕飯の用意ができる。

しかし娘が、「お父しゃんと風呂に入らない!」と頑張る場合が辛い。

私はペットボトルのフタを幾つか娘に持たせ、
「ほら、今お風呂に入ればお父さんがフタフタパーティーやってくれるよ。
 フタフタパーティーは楽しいよ!!」
と誘惑する。フタフタパーティーなんてどうやるのか私も知らん。


フタフタパーティーは、しげる氏の課題となる。

「お父しゃん、フタフタパーティーってどうやるの?」
と聞かれたらしい。
何やらテキトウにやってくれたらしい。


とりあえず、娘が『何だろう?』と思うようなヘンテコな名前を付けておけば結構ノって来る。

母親がこんなにもテキトウでがさつなのに、何故か娘はキッチリしていて神経質なのは何故だろうか。
ありがたいけれど。

なぜだ

なぜ仕事と言うものは、一気に来るのだ。



情報

生まれて2年4ヶ月でここまでのコミュニケーション能力と言葉を獲得するなんて、幼児のシナプスは本当にすげえや!と思います。

大人と変わらないのでは?と思うほど。(まあそれはないけどね)

シナプスってすごいよなあ。


私が、「ねえ、ヘンな言葉でケンカしようよ!」と娘に言うと、娘はそれを理解して

娘「むとえりとんた!!」

私「だったんとりとり!!」

と二人で口論している遊びをしたりするのですが、『言葉』に関する概念でさえ理解している事に脱帽です。


以前、私は以下について書きました。





『心の理論』というのは、他人の心を推測する心の機能のことです。
その心の理論において、幾つかのパターンの課題がありまして、
その課題をクリアできていれば『心の理論を持つ』といえます。

中でも一番有名なのが、『サリーアンテスト』というもの。
①サリーとアンがいます。
②サリーはビスケットをカゴに入れます。
③サリーはカゴを残し、その場を去ります。
④アンは、ビスケットをカゴから取り出し、別の箱に入れます。
⑤サリーが帰って来ました。
⑥さて、サリーはビスケットがどこに入っていると思うでしょうか。

このテストの場合、『サリーはビスケットが箱へ移動した事を知らない、ということをアンは知っている』と判断できるかが問題です。
これは4、5歳になると徐々にクリアできるようです。
つまり、他者の心の動きを推測できるかどうかのテストです。
自閉症の傾向としてそれが分からなかったり、子どもの認知の程度を測る上で分かり易いテストです。




このテストを分かり易くできる場面がありました!

それが、ピーターラビットシリーズの『フロプシーのこどもたち』という絵本。

お百姓のマクレガーさんが、フロプシー(ピーターの姉)の子供達6匹捕まえて、袋に入れてしまうお話です。

マクレガーさんは袋の口を縛り土手の上に置くと、自分は芝刈り機を片付けにその場を離れます。

その隙に、お母さんとお父さんとネズミがやって来て子供達を救出し、かわりに袋には腐った野菜を入れておく。

何も知らないマクレガーさんがやって来て、その袋を家に持ち帰り、奥さんに「子ウサギが6匹取れたぞ!」と言うという粗筋なのです。

先日も娘に頼まれて読んでいましたが、これってそのままサリーアンテストじゃん!と思い、娘に質問してみました。

「マクレガーさんはさ、袋に何が入っていると思っている?」

娘「お野菜!」


これは経過観察だ!なんて良い材料なのだ。

読むたびに聞いていれば、一体いつの時点で「ウサギ6匹」という解答が回収できるのか。
あと二年か三年かなあ。

ついでに、おおかみと7匹のこやぎ でも同じテストができるかなあと考えています。
でもまあそんな質問ばかりしているのも野暮なので、とりあえずは『フロプシーとこどもたち』だけで。

恋愛のハウツー

先週末から、やって来ました、スギ花粉。

私はマスク着用で外に出るようになりました。


毎朝、娘を保育園へ送り、別れ際にはぎゅーっとして熱烈なるキッスを浴びせます。
もちろん娘は嫌がるよね。

本日はマスク着用のため、ギューだけであった。

うーん、まあいいか。


と思ったらなんと娘が「チューして」と言って来るではないか!!!!

押してダメなら引いてみる!!


これだ!これで娘にモテモテになるはず!!!

でもこれ以上モテるとつらいな。


カーテンを作る依頼があって、16mの布地を二枚切っているのだが、なんて大変なのだ。

長さも3mはある生地だったりするので、狭い我が家が混沌です。

フリーダになる



随分まえに、私は画家のフリーダカーロの絵本を買っていた。

彼女の生い立ちが描かれているのだ。



それも忘れて本棚に放置していたら、娘が発見した。

頼まれたので読んでやったら、かなりシュールでわけがわからない内容なのに喜んでいる。
子供って不思議だ。


度々、「フリーダちゃんの本読んで」と言って持って来る。


先日は娘が絵を描きながら、「たまちゃん、フリーダちゃんみたい!」と言っていた。


昨日は休日。
夕飯の支度もある程度終わり、夕方に娘と共に一休みしようと教育テレビをつけた。

最近は、私も一緒にであればテレビも見られるようになった娘。

付けたら、4歳くらいの子が絵の具で絵を描いているシーン。

ああ、朝に私も「今日は絵の具でもやろうか」と言っていたのだ。忘れていた。

娘が「絵の具する!」と言い出すのでしぶしぶ部屋を移動して絵の具を1時間程した。

こういう時に「ああ、テレビをやめて絵の具を出して、私って良い母親だなあ」
と心でつぶやく。

いやしかし、自分で自分を良い母親だなあなんて思っている時点で良い母親ではないな。

いやしかし、結果として娘が楽しんでいるならばまあどうでも良いではないか。
と考える私って良い母親だなあ。

いやしかしか、「良い母親だなあ」と思っている時点で良い母親ではない気がする。

いやしかし。

むすめ

どこで覚えたのかわからないような言葉を、娘が発します。

「サラリーマンって、レストランにあるの?」

「さいたまけん」

「イトーヨーカドー」(我が家の周りにヨーカドーは無い)




今日は「これ、チョキンバコしたい!」と言われました。

???

どうやら、ハサミで「チョキンチョキンしたい」ということでした。

貯金箱なんて、どこで耳にしたのか。




罪悪感

娘が食事中、たびたび
「たまちゃん、赤ちゃんのときお母さんのお腹にいたの。
 それでおっぱいたくさん飲んで、こーんなに大きくなって、
 これを食べられるようになったの」

と言います。

先日も言うので、私はいたずら心から「たまちゃん、実はね、たまちゃんはお父さんのお腹にいたんだよ」と言いました。

昨夜、うどんを食べていた時の事。
「たまちゃん、赤ちゃんのときお父さんのお腹にいたの。
 それでお母さんのおっぱいたくさん飲んで、こーんなに大きくなって、
 うどんを食べられるようになったの」
と言うではありませんか。


これではまずい。
「ごめんたまちゃん。実はたまちゃんがいたのは、お母さんのお腹の中なんだ」
と私が言いましたら、娘のうどんをすする手が止まった。

これが思考停止という常態か。

【未公開映像!】ドラマ「僕の姉ちゃん」メイキング第5弾

水曜日25時から最終回のあるドラマ『僕の姉ちゃん』のメイキング映像が配信されました。 オープニングのメイキングも観られます。 おや、私が映っているぞ・・・