気分はスタア

今日は都心に行くので、久々にスカートをはいてみました。

厚手ニットの白いスカート。亡くなった祖母の家の整理で見つけた素敵なスカート。



すると娘がそのスカートを触って、

「お母しゃん、これ かわいい!!カッコいいじゃん!!メロメロ!!!かわいい!」

気分はスタア。

それにしても娘、「メロメロ」を褒め言葉(形容詞)だと思っている。



そのスカート、母に聞いたら
「あらそのスカート、私がおばあちゃんにあげたのよ。
 しかもお父さん(私の実家の父)が私にアルゼンチンでお土産に買って来たの」

そうか。

アルゼンチンで父がスカートを買い、それを母にあげて、母が札幌の祖母にあげて、
それを私が見つけてもらったということか。

三世代、世界を旅するスカート。

メロメロだぜ。

小さすぎる。

私「あーつかれた」

娘「おかあしゃん、つかれの?たまちゃんのおヒザに抱っこしてあげる」

私「ありがとう‥‥」




でも膝枕には、太ももの距離が短かすぎて私の頭はずり落ちました。




抱きしめて欲しい

とある新聞の記事を読んでいて、とても悲しい気持ちになり、
涙もろくなっている私の目から涙がこぼれました。



娘「おかあしゃん、泣いてるの?どうしたの?」
         私「新聞にね、悲しい事が書いてあって、悲しい気持ちになったの」


するとたくましい娘。

私の事をギュッと強く抱きしめたあと、

「で、ちんぶんに、ナニかなちいこと かいてたの?お話して!」





間違いない。娘は、噂好きの女だ。
そして対応が大人だ。

ボタン ピッピってするバッグ

「ボタンピッピってするバッグが無い!!!」

と娘が騒ぎ出した。

「ピッピってするの!!」

と怒る。

何の事かしばらくわからなかった。




少しして理解できた。


電子辞書である。
私が学生時代から使っている電子辞書である。

確かにボタンをピッピするし、開閉式なのでバッグのようである。

そして娘に手渡すと、間違って娘がフタを閉じてしまったようだ。

そして今度は
「計算機のドアが開かない!!」
と怒り狂う。
計算機のドアが閉じている状態





『電子辞書』という単語を覚えていない事の不自由さを痛感しつつも、『電子辞書』という単語は難しいようで、一人で自主練している。
そして度々、指さして「これなんていうんだっけ?」と聞いて来る。

それは「パン焼き機」「つまようじ」などにも言える事で、娘なりに難しい単語を練習しているようなのだ。見るたびに指を指して「これなんだっけ?」と聞いて来る。


小さいうちに第二言語を学ぶと、大人が学ぶよりも自然に頭に入るもだが、わが娘の場合、明日からベトナムに住んだとしても、ベトナム語が身に付くのだろうかと疑問である。(私も2歳からブラジルに住み、三歳からブラジルの幼稚園に通っていたが、ポルトガル語に関しては平均的な子供よりも身に付きが悪かったようだ)

そしてさらに、「ボタンピッピってするバッグ」を『電子辞書』と理解した私を、しげるさんが褒めてくれた。うれしい。

今回以外にも、娘の言いたいことの多くを理解できるのは私であり、
どの家庭でも第一養育者が、言葉の拙い子供の言いたい事を最も理解するものである。
「母親が子供の通訳」というアレである。

それについては第一養育者が母親の場合、母親が最も長い時間子供と一緒にいて、子供の思考パターンを一番理解しているからではあるが、その前のインプットの時点で母親の言葉と思考が子供に刷り込まれているからというのも大変大きい。
娘と話をしていると、言語的な思考パターン(?)が本当に私に似ていてびっくりする。

ボタンピッピってするバッグ も、私の思考パターンに沿った表現なのだ。



なので子供は自分を理解してくれる母親への依存がより強まり、愛着関係の加速を促すんだろうなと思う。


本日は雪で保育園へ行けず、ロールパンを娘と一緒に焼いたりして良い母親をした一日。
『パンを子供と一緒に焼く』って、『良い母親』を言い換えたようなイメージだなと思うので、焼くたびにこっそり「私、今日は良い母親だ」と思う。

しかし夜はパンとミートソースでワインにしようと考えているから、丸一日良い母親であり続けるには難しいのである。

クリスマスにガールズトーク

娘と街へ行きました。

街はクリスマスムード一色。


そして私は初めて娘と二人きりでお茶をしました。

娘は鯛焼きを食べ、私はコーヒーを飲む。

ポロリと床に落ちたあんこ。

私は拾ってティッシュの上へ。

娘「それ、食べちゃダメなの?」

私「うん。お家の中ならいいんだけど。
  保育園でも落ちた物は食べちゃダメなんでしょ?」

娘「うん」

私「たまちゃんも落としたりするの?」

娘「たまちゃんはしっかり持つから落とさないの」


こんなちっちゃい子と喫茶店でお茶して、会話が成立しているなんて!

なんてかわいいのだだだだだ!!



クリスマスといえばこれ。
(最近の娘の毎晩の日課は、この三冊とピーターラビット1冊。
 のべで6冊くらい(それとお話2つ))

この手のひらサイズの三冊の絵本。
私の昔のものなのでもうボロボロです。


そしてさらにこれ。
クリスマスシーズンの忙しい郵便屋さんの話。


これらでクリスマスの予習はバッチリ。(偶然ですが)
絵本で見ていたので、実際のクリスマスツリーも嬉しかったようで、街ではしゃいでいました。

絵本を子供に読んでやることは、子供と共有できる世界が増えるということで、
「あ、絵本に出ていたアレみたい!」という会話がとても多い。

絵本はすごいな、とつくずく思うのですが、単に私自身が絵本が大好きなんだなと最近わかった次第でした。



さて本日の娘はすごかった。

食後、麦茶を三度もわざとこぼした。

最近、娘がひどい。

娘が悪さをした際には、叱っても冷静にさとしてもニタニタしている。
少しきつく叱ると、泣き真似でしょ?と思うような泣き方。

昨日はしげるさんに叱られて
「えーん。ととが怒ったぁ!えーん!『もう知らん』って言ったー!」
とわざとらしく私に泣きついてきた。
本当に、文字通り「えーん」と泣いて、棒読みである。なんだかアヤシイ子供だ。

この子は、叱られて本気で泣く事が無いのではないかと思う。
むしろ、私がトイレに入って鍵を閉めた時の方が「入れて!!」と激しく泣く。
(単に日常で私がトイレに行きたいだけで、罰とかではなく)

軽く叱って気を反らせるのが一番良いのかなあ。


鳥と乙女


これヨウムとわたし。


これアカハラウロコインコと娘の頭。


家族が増えたのです。






というのは真っ赤なウソで、友人が鳥二羽持参で遊びに来てくれました。
両肩に鳥を乗せて、私はハーレムの様でした。





月曜日。
朝から娘が

娘「今日は保育園お休み?(きょうはおいくえん おしゃみに?)」

私「今日は保育園だよ」

娘「おしゃみににする。おうちにいる」

私「お母さんはお仕事なんだ。でも保育園のお庭で砂遊びできるよ〜」

娘「早いおむかえ?」

私「今日は、真っ暗になる前にお迎えに行くよ」


そしておもちゃのサングラスを持って保育園へ行くと言い張ります。
「先生が、かっこいいって言うよ」と自信満々でした。


ああ、娘が段々大人になって行く。

大変悩む

娘の絵本が増えました。

私が昔読んでいた絵本を実家から持って来たから。


一応全部に目を通しました。(娘と一緒に)



さて毎夜、寝る直前の儀式。

「今日は何読む?三冊までね」

本が増えたことによって、娘が悩み始めてしまった。

5分悩んだが決まらない。



子供ながらに色々考えているのだな。

結局選べず、枕元に起きっぱなしになっていた絵本5冊に決まりました。

ヤツは本物だ。

昨日、スーパーで鮭の白子が安かった。

どんなもんかな〜と買ってみた。


下茹でして、トースターでちょっとカリッとさせて、そしてポン酢(自家製ポン酢ですぞ、美味ですぞ)をかけて、刻んだ長ネギをちらす。

この計画だった。


トースターでチンした時点で娘に見られた。

食べたいと言うので、味付けもしていない状態で口に入れてやった。

「美味しい!たくさんちょうだい!」と言われた。

茹でて焼いただけの白子。

モリモリ食べているではないか。


ヤツは本物だ。

クロワッサンのサンドウィッチ

「おかあさん おかあさん きいてる?
 さんどいっちの くおわっさん おいしいね」

と言われました。


日曜日にコストコへ行ったので(実家の母と)巨大なクロワッサン12個入り(700円くらい)がありまして、それをトースターで焼いて水平に半分に切り、その中にアボカド、卵とマヨネーズをあえたもの、生ハムを入れました。

確かに美味しい。

美味しいのだ。
本当はスライスしたタマネギを入れたかったのですが、時間が無くて断念。

なんだかオシャレな親子みたいだぞ。ふふふふ






娘の前髪を先週切りました。

すこしガタガタだったので、昨日はお風呂で手直し。

なんだかまだガタガタだぞ・・・・どんどん短くなっていく。


紅葉

紅葉が始まると、レナードコーエンを聞きたくなります。

1ヶ月前から「レナードコーエンの季節だな」と思っています。

私の所有するレナードコーエンのCDは4枚。

2枚は5年程前に父に貸して、残りの2枚は私のCDラックにあると思います。


父から回収せねば。

現在グチャグチャなCDラックからレナードコーエンを探し出さねば。

どちらも大変。



一日に一度はレナードコーエンの事を考えて今日に至りました。


今朝の新聞に訃報がありました。


アガサクリスティの

小説に「ひらいたトランプ」というのがありました。読んでいませんが。

一昨日は、この現実もフィクションだったらなあと思った一日でした。




娘に読む絵本は、今までフィクションばかりでしたが、ついにほぼノンフィクションを読むことになりました。


「どうぶつえんのおいしゃさん(1977年)」

大人が読んでも面白い。

暖房器具で甲羅を火傷したカバ、ひづめを切られるシマウマ・・・
私もしげるさんも娘も夢中になりました。

パラリと見たら、まだ娘には早いかな?と思っていましたが楽しいようで、昨夜はねだられて4回続けて読みました。

女性の有名な獣医師(私は知らなかった・・・)の増井光子さんが監修です。



娘が好きそうな本がたくさんあって、たくさん読んでやりたいのですが、
図書館が遠いのです。
引っ越すなら、図書館の近くがいいですねえ。

めおめお


先日娘に
「マサト君って本当にかわいいよね」
と言うと
「ままもかわいいよ」
と言われました。
さらに「それから、たまちゃんも本当にかわいいの」
とも言われ、悩殺されました。


そして娘の髪を切りました。
あまりにもコケシのようで可愛いので、私の頭が変になりそうでした。
「たまちゃん本当に可愛いね。お母さんは君にメロメロだよ」
というと、
「たまちゃん、メオメオじゃないよ。本当に可愛いの」
と言われて悩殺されました。


私は札幌へ行った

先日、札幌へ行きました。

旅をするたびに子供がグーンと成長します。本当に面白い。


さて、季節外れの雪が振り、飛行機は2時間遅れ。
欠航も結構ありました。



さて、最近の面白い発見。

娘は、2、3ヶ月前から「もう」と「まだ」の使い方を間違っています。

「まだ ごはんできた?」と聞きます。

英語で「yet」という単語があるのですが、それの意味が「まだ、もう、既に、依然として」等です。

高校生の頃「『まだ』と『もう』が同じ yet だなんて気持ちが悪いな」と不快感がありましたが、言語感覚としては自然な単語だったんだなと、娘の『まだ』の使用で気がつきました。



今日は晩ご飯の時の事。
娘のズボンが破けていたので

私「それ、針と糸でなおしてあげる」

娘「オオカミみたいにチクチクするの?」

そうです。最近娘が夢中なのはこれ。


この本は本当に面白い。
確かにオオカミのお腹をチクチク針と糸で縫い合わせます。



先日、もと福音館の編集長で、童話作家の斎藤惇夫さんの講演会へ行きました。

子供にとっての絵本がどれほど大きな存在なのかについてのお話を聞いて、私も子供時代を思い出しました。
確かに絵本は読む物ではなく入り込む物でした。

今は何を読んでも観ても、あんなふうに物語に入り込む事はできないなあと思います。

斎藤さんによると、「10歳までは本を読んでやるべき」。
たしかに、私が最後に本に入り込めたのも10歳でした。

日本以外には、読書感想文なるものは無いんだそうです。
「日本では、小学生が読書感想文を書かされるよ」と外国人に話すと、
「ウソでしょ?」と言われるらしいです。



面白い本は純粋に「面白い」だけであって、子供に感想を問うなんて本当に酷い事だ。
もしあなたのお子さんが、読書感想文の宿題を持って来たら、どうぞあなたが書いてやってください。
と言われて、それもそうだなと思いました。

私が小学生の頃の読書感想文の宿題も、本当に不快なものでした。
どう書けばいいのか分からなかったので、私はとりあえず粗筋をひたすら写していました。

とてもお話の上手な、ユーモアのある方でした。


母系社会の少数民族モソ人

モソ人だ!