小学2年の娘が
「たまちゃんが単身赴任になったら・・・」
と言う話をしているが、文脈がなんかおかしい。
よく聞いてみたら、「半身付随」と「単身赴任」を間違えて使っていた。
仕事をしながら、私はyoutubeでオンライン教育の是非についての討論を聞いていた。
すると「学校にそもそも行ったところで意味があるのか」と発言した男性がいた。
横にいた娘が、「お母さんは、この話を自分を慰めるために聞いているの?それとも同意しているの?」と聞いてきた。
学校に行かない娘であるが、この問いかけができる読解力と語彙が養われているので、とりあえず学校へ行かなくてもうまく行っている。
ついでに、母親にこの質問ができる時点で、親子関係でも信頼関係が築けているんだなあと思う。
先日、娘が「私はお母さんを一番信頼している」と言っていた。
私は昔、母をあまり信用していなかったので、良かったなと思った。
しかし、私が仕事で忙しくなればなるほど、娘が大変である。
子供というのは育てやすい子と育てにくい子が本当にいるもんだ。
娘は本当に育てるのが大変で、私は疲れ始めている。
ハワイへ行きたい。
昭和の漫画 あさりちゃん に娘が熱中している。
そして最近は
「にんげんはかんがえるあしってどう言うこと?」と聞いてきたり、
食事中に「生きとし生けるもの」とつぶやいたりし始めたが、
全部あさりちゃんの影響のようだ。
あさりちゃんで勉強中。
昨夜は、「あの『鳥』っていう映画があさりちゃんに出てきた!」と言う。
1、2年前、娘と見たヒッチコックの映画である。
あさりちゃん、人生の教科書になっている。
先日、1冊20円で45冊買ったのだ。
もう20巻くらい読んでいるようだ。
私も小学校4、5年生くらいの時にあさりちゃんを読んでいたが、分からないことは全部飛ばしていたし、読めない漢字も飛ばしていたので、私には教科書にはならなかった。
私は娘を密かに尊敬しているのだが、漫画の読み方もすごいぞ。
(すごく無いところもたくさんあるのだが、とりあえず私よりはすごい。比べる基準が自分しか無いので。)
しかし、あさりちゃんがそんなに素晴らしいのかといえば、今読むとルッキズムの問題などがいろいろあり、時々口うるさい私は口出しして解説している。
今のところは漫画もプラスに働いているが、多分数年したら「漫画ばっかり読んでいるんじゃない!」と怒るんだろうなあ、私。
と思っている。
私は天童荒太の小説を読んだことがなかったのですが、図書館でなんとなく借りたこの本。
養老孟司が、子育てにおいて『ああすればこうなる』なんてのは無いのに、最近の人はそういう考えを持つ傾向がある。
というようなことを言っていた。
そう。
私が、必死に娘に絵本を読み聞かせたのは、娘が絵本を楽しむから、そして娘に本好きになってほしいから、であった。
読み続けて、まだ寝る前に読んでいる。
今読んでいるのは60年代に出版された、ノルウェーの児童文学、スプーンおばさんシリーズである。
「もっと読んで」と言われるが、毎朝5時前後に起きて犬の散歩をしていると、娘に読み聞かせていると眠気に襲われ、私は寝てしまう。
そうすると渋々と娘は1人で続きを読んだりする。
しめしめ、本好きに育ち、いよいよ独り立ち?とか思うのだが、しかし、そこまでは夢中にならないようだ。
そして娘が夢中になって読み続けるのがこれ。ご飯の時間でも本を閉じない。
ブランコから転倒した 娘が、右手中指の先っちょの骨を折った。
もう19時近かったので近くの総合病院の救急へ行き、夜勤の内科医に応急処置をしてもらった。
翌日、その総合病院の整形へ。
指が微妙に曲がっているので、大変気になったので、そのことを医者に話したのだがスルーされた。
そうか、お医者様がスルーするということは、これは腱か何かの問題で、自然に治るものなんだな。と思った。これがバカだった。
娘は人生で熱を3回くらいしか出したことがなく、怪我もなく、私はウブで医者を疑うことを知らなかったのだ。
とりあえず保護、固定してもらい、「4日後にもう一度来てください」とのことだ。
4日後行ってみた。
指の曲がりが全く治っていない。
「この指の曲がりの原因は、腱か何かの問題なんですか?」と聞いたら、
「これは骨が旋回しているんです」と言う。
おいおい、重大ではないか。旋回だと?ありえねえ
「ではこれは矯正しなくていいんですか?」と聞いたら、「します・・・?」みたいな感じで、指の曲がりがひどくならないようなギブスを付けてもらう。
「このまま曲がりが矯正できなかったらどうなりますか?」と聞いたら
「まあそうなったらそれなりの処置をします」と言う。
帰宅して腑に落ちない。そして腹が立って仕方ない。
しかも装着されたギブスという物も、曲がった指の角度を矯正するような原理になっていないし、おかしい。
10歳上の義理の妹に、おすすめの整形を聞いたら教えてくれた。
その日はもう遅かったので、翌日、セカンドオピニオンを聞きに行った。
人気の整形外科は混んでいた。
「子供の骨はすぐくっ付くから、もう遅いかも。ちょっと痛いけど矯正してみますので、明日また来てください。矯正がうまくいかなければ大きな病院で手術になるかも」と言われた。
翌日行っても、やはり矯正するには遅かったようだ。
総合病院への紹介状とレントゲンなどのデータをもらい、翌日その病院へ。
朝に受診して「これは手術したほうがいいと思います。午後1時半からします」とのことで、11時過ぎに一度帰宅し、再び病院へ。
娘に、「たまちゃんのおばあちゃんは、二人とも手首を折って手術した経験があるから、痛くなかったか電話して聞いてみる?」と聞きましたら、
「おばあちゃんは私を怖がらせないために、痛かったとしても『痛くなかった』というに決まっているから、電話はしない。私は真実が知りたい」と言われた。
さて手術は部分麻酔。
手のひらに麻酔を打つらしいが、これが大人でも泣いちゃうくらい痛いんだって。
うちの娘は泣かなかったんだって。
術後、先生に「折ってすぐに指の曲がりを矯正、固定していたら、治っていたんでしょうか」と聞いたら、「多分そうですね」と言われた。
そして「矯正するのには骨を引っ張って痛いし、お子さんですし。それにまっすぐ伸ばした状態だと曲がっているのがわかりにくいから、整形外科医でも見落としてしまうかもしれないし」と最初の医者を庇っているのだが、どんなに痛かろうが手術よりも遥かにましで、私でも気づくことを整形外科医が見落とすかっつーの!
こういう事件があると、親なるものは自分を責めるのである。
だってヤブ医者を翌日のうちに見抜いていたら、手術を回避できていたかもしれないのだ。
セカンドオピニオンの医師が「お母さんのお仕事は医療関係者ですか?この曲がりによく気づかれましたね」と言っていた。私はそれを反芻しては「ああ、私は普通の母では気付きにくい点に気がついたんだから、良い母だよ」と自分を慰めている。
そして医療関係者ですか?と聞かれたのがなんかカッコいい気がして、むかし「学校の先生ですか?」と聞かれてなんだか嬉しかったことを思い出していた。
で、娘の経過は順調の現在である。
で、私はもっとバージョンアップした。
今までの私は、医者を性善説で判断していた。
私はもう、そういうのをやめた。フラットに。
手術してくれた担当医が言っていた。
「あと1週間遅かったら、骨が完全に固定されてしまうので、この手術はできませんでした。」
ということは、あのヤブ医者にあと1週間通っていたら、娘の指に機能的な障害が残った可能性が大きくあるということで。
それにしても本当に意味がわからない。
あのヤブ医者は、指の曲がりをなぜ矯正しようともせず放置したのか。そしてその結果曲がったままならどうしていたのか。
私も真実が知りたい。
近所にお堀がたくさんあるので、迷い亀が時々いる。
先日も犬の散歩中に、犬が見つけた迷い亀。水辺と離れているし、暑さでやられているのかも。と思い、犬のうんち用に持っていたビニール袋を両手にはめて、水辺まで運んでやった。
2度目だ。
先ほども犬の散歩をしていたら、犬が立ち止まってクンクン嗅ぐので見てみたら、今度は子亀。
直径5cmほどの子亀が数匹。
可愛くて連れて帰りたくなったが、大きくなったら飼えないのでぐっと我慢。
亀よ、幸せになれ。
多分、誰かが離したペットのミドリガメが繁殖しているんだな。
午前中、 娘と庭で草取りをしていたら、突然ブルルっと身震いして
「お母さん、今、私、ここにテントを出したいという欲望で震えがきた」
と言うので、どうぞと返事をしました。
午後、娘はお友達3人と共に遊びに行き、近所の駄菓子屋で体に悪そうなお菓子を買ったようだ。
友達を外のテントに招待して、楽しそうに遊んだ。
砂肝が大好きな娘。
先日の晩御飯に砂肝の料理を出したら
「砂肝こそが、食感の『コリコリしている』と言う表現がふさわしいと思う」
としみじみ言った。
面白い発言なので、私はメモした。
ちなみに砂肝の料理は、茹でて、細かく切った長ネギと、醤油麹と、ニンニクと、胡麻油で混ぜただけ。美味しいよ。
読書感想文を小学生の頃書かされていましたが、私がそこで学んだのは
①感想文用のプリントの半分を使ってあらすじを書く
②一番印象的なシーンを書く
③「面白かった」とか「ドキドキした」とか、その本に当てはまりそうな適当な感想を書く
というやっつけの構成だけであった。
感想なんて何を書けば良いのかわからないので、要約と本文書き写しを主体にするのだ。
で、読書感想文って教育上意味あるのか?
と思い続けて子供を産んで、絵本と育児、教育などの観点から色々本も読み、講演会を聞いたりして出た結論が、『子供に読書感想文書かせても良い事が特にない』という事だった。
自ら書きたい子供なら良いんだけど。
子供によっても違うとは思うが、とりあえず私の娘に関しては、読書感想文が向かないタイプだと判断していたので、行き渋りする娘が学校を早退した日にやらせているZ会でも、感想文的な問題はやらせていなかった。
(小学生用の最近のZ会は、『ここをこういうふうに褒める』とかの親向けのご丁寧なアドバイスブックまである。全く活用していないので、そのアドバイスはオプションにして、値段を下げて欲しい)
そして事件は起きた。
先日の小学校の、授業参観の国語の授業の時である。
クラスで班を作り、1班ずつで音読発表をし、残りの子たちはお互いの班だか生徒だかの音読で良かった点を、プリントに書いていくという授業であった。
最近、そういう授業が結構あるらしい。
担任の先生は言葉のお手本に『ゆっくり読んでいたので聞きやすかった』とか『大きな声だった』とか、例を提示していたが、とにかく娘の授業態度がひどい。
みんながプリントにせっせと何やら感想を書いているのに、たった一人でボーッとして、机に突っ伏したりアクビをしたり。
先生も心配して声をかけてくださって。
ついに娘のプリントが白紙のまま授業が終わり、そのプリントは回収されていった・・・
その後、「なんで感想書かなかったの?」と聞いたら、「だって無理に書けって言われても書けないんだもん」と言う。
おかしいぞ。
娘は物語を作る事だってスラスラできるんだから、感想文を書く事だっていくらでもできるはずだ、娘は不真面目なのか?と一瞬、娘を疑ってしまったが、よくよく聞いてみても「本当に何も浮かばないんだよ。だから無理なの」と真剣だ。
ああ、不真面目なのは単に私の方だったんだな、というお話。
そしてやっぱり娘には、多分読書感想文は向かないと思う。
そして娘が学校の授業が苦手なこともよく理解できた。
先日、娘が宿題で書いていた日記の題名が『題名が浮かばないので題名はありません』だった。
ちなみに内容は、「お友達から借りて、初めてゲームをした。面白かった」という内容であった。
小学2年の娘が 「たまちゃんが単身赴任になったら・・・」 と言う話をしているが、文脈がなんかおかしい。 よく聞いてみたら、「半身付随」と「単身赴任」を間違えて使っていた。