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近所の肉屋

 近所に肉屋がある。 西の方では肉屋と言えば『豚肉・牛肉』を扱っており、かしわ屋で『鶏肉』が売っているのだ。 そして我が家からは、歩いて1分もしないところに、肉屋とかしわ屋があるのだ。 さて、歩いて10分の所には、都内のデパ地下にも惣菜などで出店している大きな肉屋がある。 先ほど私は、冷凍庫に凍らせていた豚の挽肉を解凍し、炒め、昼食のフォーにのせて食べた。 私はすごいぞ。 その挽肉が、スーパーの挽肉か、近くの肉屋か、はたまた徒歩10分の大きな肉屋の挽肉か。 食べたらすぐわかった。 美味しさが違う。 それは豚こまでも同じこと。 徒歩1分のお肉屋さん、本当に美味しいのだ。 挽肉ください、と頼めば、その場でミンチにしてくれる。 豚肉ください、と言えば、タイミングによってはその場でスライス。 挽肉も豚こまも、180円とスーパーの倍の値段なのだが、美味しさは明らかに倍以上である。 もう別物なのだ。 そして悩むのだ。 スーパーの豚こま400g買うか、隣の肉屋の挽肉を200g買うか。 いや待てよ、野菜。 野菜は自転車で1分の商店街に、市場が立つのでそこで安く買える。 白菜もキャベツも大根も、一つ100円だ。 その積み重ねで野菜の値段を抑え、肉に食費を回せるのではないか。 そして肉に関して言えば、私は美味しいものを知ってしまって後戻りが難しい。 もう、たとえ肉を食べる量が半分になろうとも、私は肉屋で肉を買うかもしれない。 もし私がすごく大金持ちになったら、週に2回は刺身を買う。 そして隣の肉屋で悩むことなく豚こまを買うであろう。フハハハハ ちなみに、そこのお肉屋さんの坊ちゃんの1人と、我が娘は同じクラスである。 そしてお肉屋さん一家とは町内のメンバーとして顔見知りである。ハッハッハ

説教したがる男たち

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  犬の散歩で早朝、神社の前の公園で娘と遊んでいたら、 70 歳前後の男性がこちらに近寄って来て挨拶をしました。 私も挨拶をしました。 世間話で私が引っ越して来たばかりであるとか、そういう話をしましたら 「この街には 4 つの大きな寺社仏閣がある。だからいつも、その方角に私は頭を下げて挨拶をする」 と言う。 そうなんだ、確かに大きな神社や鳥居があるし、信心ぶかい人だなあ、と思ったら 「君も挨拶をした方がいい」 と促される。 そして「最近は、早朝のすれ違いざまに挨拶をしても、 4 人に 3 人は返さない」らしい。 ふーん、そうなんだ。 と思って家路についた。 数日後、また同じおじさんに遭遇した。 「その後、神様に挨拶はしていますか?」 と聞かれた。びっくりした。 すごくびっくりして数分後、 なんで私が神様に挨拶するタイミングをお前が決めるんじゃ! と腹が立ってきた。 この話、日本のサラリーマン、定年、地方都市、ジェンダー、宗教、と色々な観点から話ができます。 さて、レベッカソルニットというアメリカの作家がいます。 以前、勧められて図書館にて彼女の本を全部借りましたが(飛ばし読みしましたが)、お目当てだったこの本「説教したがる男たち」がありませんでした。 図書館にリクエストをして2ヶ月後、近くの街の図書館から借りてもらえました。 図書館で買ってくれたら良いのに、良い本なのに。と思うけれど、図書館司書たちの会議で「借りる」に止まったんだなあ、と残念無念。 また借りる、というのが気軽にできないのが悔しい。 そしてこの本、先日は新聞の人生相談の回答で引用されていた。 話題の本だわ〜 さてもう一冊。 「悪い母親になるのは本当に簡単だ。自然分娩で子を産み、乳腺炎を患いながら母乳を与え、布おむつを一枚ずつ手洗いしても、気晴らしに子供を連れて少しのあいだ外出し、風邪でも引かせたら、たちまちわがままな母親となる。 悪い父親になるのは、とても難しいことだ。子供が泣いているとき耳をふさいで寝ていても、哺乳瓶の消毒をしなくても、お風呂に入れなくても、ベビーカーを押して近所を一周しただけで、すぐに優しい父親として持ち上げられる。」 「百のうち一つを間違えただけで悪い母親になるのに、百のうち一つだけ上手くやれば良い父親になれる社会は正常とはいえない」 (「私は男でフェミニストです」チェ・スンボム

自家床屋

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  バリカンを買って、自分で髪を切ることにした。 3900円。 高いな、と思い悩んでいたが、美容院に行ったと思えば安い。 引っ越しをしてから、一度も行ってなかなったのだ、美容院。 これから私は、行きつけの美容院に行く以外は、自分でバリ刈る人生と決めた。 合わせ鏡で頑張った。 後頭部、下の方を刈り込むと、髪の多い私でも普段の生活がずっと楽になるのだ。 ハハハハハ

戸川幸夫がすごい

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我が家ではタヌキが娘に本を運んでくるタヌキシステムなるものがある。 タヌキが本を運んで来てくれるのだ。 先日来たのがこれだ。 これがすごく面白かった。 娘の読み聞かせで数日。 物語の始まりは、お金持ちの奥様が子犬を数匹、お手伝いに捨てさせるところから始まる。 そこにいたのが賢い犬のマル。 いっときは貰われていった優しい家族もいたが、家が火事になり、マルは保健所に捕まり・・・・ 洋犬のお嬢様犬との恋とか。 と苦難の道を経て、マルはついにサーカスに入り、幸せになる。 最後にはかつての優しい家族との再会まであるのだ。 犬に夢中の私たち母子は、このお話に夢中になった。 この本は確か、かつてよく通った郵便局の「リサイクル図書」でもらってきたもの。 さて、読み終えたので、次はどの本にしようかな、とタヌキボックスを見てみるとこれが。 同じ作者だ!! さて私は恥ずかしながら知らなかったが、この戸川幸夫さんという方、椋鳩十と並ぶ、児童動物文学の巨匠なんですって。 この本は「のら犬物語」と比べて、幾分難しいのだが、なんとか許容範囲内。 娘に読み聞かせながらハラハラドキドキして、2人で布団で騒いでいる。 物語の始まりは、エスキモー(原文まま)の親子と、犬ぞりの犬9匹の旅から始まる。 部落から、一番近い街へ買い出しに行った2人。 しかし、吹雪と狼の群れに襲われる。 『この方向へ進めば洞窟がある。四方からオオカミに狙われるより、洞窟に入って入り口を銃で守ろう』という計画のもと、洞窟まで行くのだが、その洞窟があるのが40km先なのだ。 (スケール感が河口慧海!) そして二日間、オオカミと戦いながらの移動が続くのだが、ついに犬は順々に力つき、親子も・・・ そこで生き残ったのがただ1匹。賢いメス犬のユーコンである。 ユーコンはそのオオカミの群れに加わり・・・・1972年初版。 カムイ伝を読んでいる気分だ。面白いぞ。すごく面白いぞ。 オーロラの美しさとか、太陽の位置とか、娘には難しい言葉の表現がたくさん出てくるが、多分そこをあまり理解せずとも娘は面白いんだろう。もっと続きを読んで、とせがむので。 本当に面白い。ドイツの児童文学『クラバート』以来の当たりの本であった。 この本もリサイクル図書で、無料だったから貰ってきたやつ。 本との出会いって難しいから、誰か色々私に教えてくれないかなあ。 こういう時に

娘のいたずら

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  寝ている犬の脚の下に図鑑を置き、しば犬を指し示させる。 セリフを書く「つまんないの」 宝物の天然石を握らせる(挟む?) これらをしても起きない。 犬が可愛すぎる。

教頭先生がすごい

 娘が時々「お母さんは悩みある?」と聞いてくる。 この場合、たいてい娘は、私に吐露したい何かを抱えているのである。 昨日は、クラスの班で飼っていたダンゴムシの世話をせず、死なせてしまったことをクラスメイトとともに担任の先生に叱られたことについてであった。 そして「ちゃんとお世話していたの?」と先生に聞かれたけど、本当はしてなかったけど「していた」と嘘をついてしまった。 さて、その告白に続き、娘が言うには 「たまちゃんは、お母さんと教頭先生にはなんでも話せる。このことも、教頭先生になら話せると思う」 そうか。そんなに教頭先生を信頼しているんだなあ、教頭先生すごいなあ。 私にはそんな先生いなかったなあ。 さて、また我が家の犬、ちくわの話である。 我が家の柴犬は、とにかく穏やかである。 寝ている犬の耳をほじろうが何しようが、器が大きいのか気にもしない。 散歩に行くと途端に若返って(まだ一歳半だけど)興奮し続けるが、とにかく穏やかなのである。 そして私は思った。 この犬がもし人間ならば、私など足元にも及ばない高貴な精神を持った人であろう。 そして私が犬であれば、ちくわには近寄れないほど下等な感じの犬なんだろう。 そして私は最近、自分の飼っている犬、ちくわを尊敬の眼差しで見ている。

要求しない

犬が可愛い。 犬が可愛いので、私は「ちくわちゃん、かわいいでちゅねえ」と赤ちゃん言葉であやします。 そしてそれをじっと見ている娘、7歳。 嫉妬に燃える! そして言われた。 「お母さん。ちくわにやるみたいに、たまちゃんも可愛がって。たまちゃんが要求しないでも、そういうのをやって」 これは困ったぞ。 困ったポイントは「要求しないでも」の点だ。 「要求」なんていう単語を話す人間に対して、赤ちゃん扱いをする欲求が私には自然には湧かないので、要求されない限りそんなことを忘れてしまう。 しかし不思議なことに、娘の方が犬との信頼関係を築いている気がする。 この1ヶ月、娘は毎日6時過ぎに起きて、犬の散歩をしている。学校へ行く前に。 娘よ、えらいぞ。

放牧

 私は子供を一人、7年くらい育てて、なんとなく分かったことがある! 子育てなるものは、柵の中で放牧中の羊のようなもんで、柵の大きさをどうするかが親の腕の見せ所なのだ。多分。 柵を飛び越えようとしたら叱る。 単にそれだけで、一番良くないのは『柵があやふや』でどこにあるのかわからない状態。 昨日はこれをやっても何も言われなかったのに、今日は怒られた、とかね。 これは犬の躾でも子育てでも「やってはいけない」とよく言われる、叱る基準が一定でない、という状態。 そして柵は大きい方が、子供は意思決定をできる能力を早く得られると思いますが、柵が大きすぎて放置しても良くない、という難しい問題です。 そして私の役割は、娘が将来、合理的で幸せな意思決定ができるような人間になるように、サポートすることなので、あまり出しゃばると良くないと自分に日々言い聞かせて生きています。 で、「宿題やりたくない〜」という娘。 私はなんと答えるかと言うと、「宿題をやるストレスと、やらないで先生に注意されるストレス。天秤にかけてマシな方を取りな」と助言しています。 ちなみに娘は、最低限の宿題を雑にやって、なんとか注意はされないタイプである。 私と同じタイプなので、その点は扱いが良くわかる。 さて、宿題を全くやらないタイプでも、放置しても問題のない子もいるし、サポートした方が本人のためにいい子もいるし。 人は本当にそれぞれ。 柵の大きさは時々変える必要があって、色も塗り直したりしたらもっと良いと思う。 そして柵の大きさは、親の子への信頼の大きさでもあるんだなと思う。

とりのあまから

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家で解いていた問題集。 『あなたが好きな食べ物のことを書いて、先生に教えてあげましょう』 という問題。 「私が好きな食べ物は、名古屋ふう鶏の甘辛です。 甘辛くて、美味しいです。 嬉しい時、悲しい時、普通の時、いつでも元気が出ます」 これが娘の好きな、我が家の定番「名古屋ふう鶏の甘辛」。 娘に毎日リクエストされるので、1週間に一度は作っている。 手羽先に塩を振って、小麦粉をまぶし、少ない油で焼き揚げる。 油を切ってから、フライパンに戻し、うずらの卵を入れて、 酒、味醂、砂糖、醤油、すったニンニク、生姜を適当に入れて、グツグツやって出来上がり。 美味しいぞ。

どうしたの?

 先日の夜。 私は疲れて、お腹も減ってイライラしていた。 しかし娘は、風呂に入らない!! キーッッ!!として腹が立って、声を荒げて怒ってしまった。 しまった〜 と思ったら、娘が言うのだ。 「お母さん?いつもよりイライラしているようだけど、どうしたの?」 そうか。私は確かにいつもよりイライラしていた。娘に気付かされた。 しかしこれは、私がたまに「キーッッ!!!!」っとなった後、娘に対して「ごめん、お母さんはイライラしていた。今のお母さんは正しくなかった」と反省を娘に示すから、の結果である。たぶん。たぶんね。 昨夜はご飯を食べながら、娘が「お母さんはいい人だと思うよ。とてもね」と励ましてくれた。 不出来な親にはありがたい言葉である。

家族が増えました

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  本当に優しい、元気な黒いしば犬が我が家に来ました。 名前は「ちくわ」です。 1歳4ヶ月の若い娘。 家にいる時はずーっと寝ている。 寒い時は日向。暑い時は日陰。 庭でずーーーーーーーっと寝ているのだ。 しかし散歩になった瞬間に興奮が止まらず、前のめりだ。一緒に走ったり。 7歳の娘がこねくり回しても無視。 娘が耳を裏返そうとしても無視。寝ているのだ。 時々私も犬を枕にしたいなと思い、寝ている犬のお腹に頭を乗っけようとするのだが、それは流石に断られる。 「それはちょっと・・・」という感じでゆっくり身を起すのだ。 娘は先日枕にするのに成功。 娘の枕になっても寝続ける泰然自若とした性格。心が広い・・・ つい赤ちゃんに接するように優しく話しかけてしまうのだが、それを聞いた娘が嫉妬する。 兄妹がいない分面白い。 娘も朝6時に起きて散歩へいき、夕方も散歩へ。 最近の小学生は忙しい。と聞くが、本当に忙しい。 6時に起きて散歩、朝食、7:50に家を出て学校。 15時過ぎに下校。(日本は学校の時間が長すぎる。本当に。遊ぶ時間がないじゃん) 16時頃までに宿題やって、おやつを食べたり。 お友達と遊ぶ場合は、5時過ぎまで誰か来たりどっか行ったり。 お風呂に入ってご飯を食べたら、もう8時半。 本を読む時間も無くなってしまった。本当に忙しいよ。 しかし時々は読んでいる。本を! これだ!!! ふふふふふふ

見たかった映画を見たら

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見たいなあ、と思っていた映画を見ることができた。 そうしたら、ウォンカーウァイの作品にだんだん見えてきて、あれ、私は一体何を見ているんだ?花様年華?と狐につままれた話。 ネットで調べてみたらムーンライトのバリージェンキンス監督はやっぱりウォンカーウァイにすごく影響を受けているらしい。そうだわな。 インターネットって便利だなあ、 と思ったが、そんなこと調べなくても見ればわかるし、かつ「やっぱりな」と思うことに何の意味もないと思う。無駄にネットを見るのをやめねば・・・ と引っ越したら娘が寝た後に映画が観れるようになった。広くなったので。 という嬉しい話。 なになに?と興味を持った方はこちらで。 https://youtu.be/66cIeb_nNO4 少しこじつけもある気がするけど。

犬が来た!

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  先日、犬を飼い始めました。 娘と歩いていたら、犬が一人で散歩をしていた。首輪はしてある。 あれれ、と思って追いかけて、近所の竹屋さんのおばちゃんに紐をもらい、首輪に紐を結びつけて、水を飲ませて。 とりあえず犬の来た方向へ歩いて行き(交番のある方向)、道すがら喫茶店やら米屋やらで、「この犬を知りませんか」と声を掛ける。 犬を捕まえるのに手間取ったので、その時点でもう、1時間が経過していた。 私はヘトヘトであった。犬と娘は元気であった。 そして近くの交番に行きましたら、お巡りさんは不在だったので、そこにある電話で市の警察署に電話をしました。 すると「まずその犬を、飼い主が現れなかった場合飼う気はありますか?」と聞かれます。 あー、だから道ゆく人が、あまり関わりたくなさそうだったんだ、とようやくここで分かりました。自分が飼うか、保健所に行くかの決断をしなければならないのです。 おー、お前、うちの子になるか?と聞いたところうなずいたので(たぶん)、とりあえず飼う意思を伝えたところ 「では犬ですが、物の扱いと同じになります。すみません、仕方ないんです、怒らないでください。」と警察官に電話口で必死に謝られる。 きっと怒る人がすごく多いのだろうし、その気持ちもわかるけれど。 そして警察官のおじさんに、犬の特徴などを伝えて、その情報は保健所と共有されるようなのだ。 迷子犬の飼い主は、気が付いたら保健所に電話して、自分の犬が保護されていないかを確認するようです。 さて、拾っても飼う気が全くないなら保健所へ電話して、引き取りに来てもらう。 警察に行く必要はないのである。 保健所へ行った犬は、一定期間、飼い主が名乗り出てくるのを待ち、飼い主が来なくても幸運な犬は里子に出るし、でなければ殺処分されます。 そして拾った人に飼う気がある場合は、警察署に連絡をして、近日中に『拾得物なんちゃら』の書類を提出すれば、3ヶ月間飼い主が名乗り出なければ晴れて自分の愛犬になるらしい。 「警察署に一度来て、書類を書いてください」と言われましたが、しかし飼い主、今日中に現れるだろうなあと思いつつ、翌日行く旨を伝える。 家に帰り、綱を柱にくくりつけたが、食料がないので近所のホームセンターへ行く。 綱も短いのしかなかったので、綱を買う。 ドッグフードと綱と、なんだかんだで結構コストがかかった。 多分今日、明日

タヌキシステム

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 我が家には『タヌキ』というシステムが存在する。 本をタヌキが持ってくるのである。 娘に新しい本を渡す際、私から渡すのではなく、こっそり布団の上に置いておくのだ。 すると「タヌキさんが新しい本を持ってきた!」と娘は興奮するのである。 さて、先日まで読んでいた、タヌキの持って来た『小さな家のローラ』であるが、これは大草原の小さな家、のシリーズの3冊のうちの1冊目。 「ローラの続きの本、タヌキさんは持ってきてくれないかなあ」と呟く娘であったが、私は安野光雅さんの挿絵のある本なら所有したいが、そうでなければ図書館へ行けばいいと思っているので買いはしない。安野さんの挿絵は、この1冊しか出版されていないのだ。 そしてまた、このシリーズは面白いことが分かったので、買っておかずともそのうち読むだろうし。 ということで、2年ほど前に買っておいたこれの出番だ。 ドイツの代表的児童文学作家プロイスラーが1971年に出版した長編小説である。 長いぞ。 どのくらい長いかといえば、このくらいだ。 薄い方が先日まで読んでいたローラ、厚い方がクラバートである。 文字の詰まり方もクラバートの方が断然上!これを音読で読み聞かせる私の熱意! 褒めて欲しい!毎夜ねだられて2、3章読んでは喉がカラカラになるのであるが、面白いから読めるのである。 さて私は作者のプロイスラーなんて聞いたこともなかったが、 以前読んだ「宮崎駿の薦める児童文学」みたいなエッセイで、 この本が大層面白いと書いてあったので、「買っておかないと忘れる」と危惧したので 購入して「㊙︎タヌキ用段ボール」に放り込んであったのだ。 実際、買っていなかったら忘れていた。 そしてクラバート、千と千尋の土台とか言われているらしい。 すごく面白い。面白すぎる!!! 孤児の少年が、夢に導かれて辿り着いた粉挽き場で働き出すのだが、どうやらそこは魔法使いの・・・・というようなファンタジーである。大きな謎が解き明かされていくワクワク感と、スリル。 そして主人公の成長の様子が清々しい。 児童文学だけどドキドキ、大人でもとても楽しめる。 しかし、ドヨーンと雰囲気は暗い小説である。そしてとても不気味。 日本の児童文学にはあり得ない暗さだ!そして深い!!! 後半、私は娘に読み聞かせながら先が気になってしまい、娘の就寝後に一気に読んでしまった。 千と千尋の土台だった。

僕の姉ちゃん

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 先日よりAmazon Prime video にて配信開始された、益田ミリさん原作のドラマ『僕の姉ちゃん』のオープニングに、人形を製作しました。  映像の美しいドラマですので、是非大きな画面で見てみてください。 2022年にはテレビ東京での放送予定ですので、地上波でもご覧になれます。

愛のひみつ

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 娘が7歳になりました。 ああ、もう7年! 不思議なことに、子供を産むと子供の成長ばかりに気を取られ、自分の時間も経っていることに気づかない。 さて、その娘たまちゃんが晩ご飯を食べながら 「お母さんはたまちゃんを、自分の意思で愛しているの?それとも自然に?」 と聞いてきた。 なので 「たまちゃんがぬいぐるみのメーメーさんを大事にするのは、自然な気持ちでしょ?」 と聞き返したところ 「うーん、全部自然ではなくて、少し意思がある」とのこと。 難しい子供心である。 と思いつつ、これを見てください。 クマが失敗していますが、これかわいいでしょ、娘の朝食。 クマ型のパン型を買いまして、せっせと焼いています。愛です、自然な愛!! 大人には大人用の普通のパンを焼いていますよ。 さて、娘曰く 「お母さんの愛が全部自然じゃなくても、まあいいんだけど」 との事でした。 自分のメーメーさんに対する愛に意思が混じっていることを踏まえ、それでも可、としたようです。

頭が変になりそうな話

娘は生まれた時から大変神経質で、とにかく私への執着が凄まじく、私がトイレに入る時も抱っこしていないと泣き叫ぶ子供であった。 さて、そんなの放置すれば良いじゃん とアドバイスをくれる方は、子育てをしていないか、育てやすい子を育てたことのある人か、卓越した精神力を持つ人である。 放置すると、娘の場合は激しく泣き叫び、嘔吐するのだ!!! まあそこまで執着するのであれば、トイレでも地獄でも抱っこして連れて行ってやるゼ。 という気持ちになるのだ。 そしてそれは、どうせ長くは続かず、成長とともに母親なんて見向きもされなくなるだろう。 と思って7年経ったが、見向きされすぎて困っている。 7/25から小一娘の夏休みが始まり、小学校は9月からリモート授業。 もう2ヶ月近く、24時間娘と2密。 さて7歳の娘はといえば、今でも私がトイレに入れば、トイレの前にバランスボールを持ってきて、トイレのドアの前でドスンバタンとやっている。 非常に落ち付かない。 私のアトリエで娘は宿題をやっているが、私が家事をしに台所へ行けば付いて来る。 私が座っていれば「抱っこ」と言いながら膝に乗ってくる。 娘は可愛いのだが、私は一人になりたい。 とは言いつつ、時々は私のカミナリが落ちている。 言っても言っても片付けをしない、ご飯を集中して食べない、ワガママすぎる、などが主な理由である。 あー、一人になりたい。 そして明日は娘の久々の登校日である。