子育てが終わらない

引きこもりなどが専門の精神科医、斎藤環と、キャリアカウンセラーの小島貴子の対談。

先日一度読んだ本。「面白いから読み終わるのが悲しい」と娘に言ったら、「じゃあもう一度読めばいいじゃん」とのこと。

時間を置いて、2度目を読み終えました。(新宿へ依頼された生地の買い出しの道中)

この本、とても面白い。


日本の家庭には以心伝心という『美徳』があるが、それが現代家族の機能不全を促しており、引きこもりを助長する要因にもなる、という。


「おい、メシ」「風呂」「寝る」
これダメね。

「ちょっとだけお腹空いているんだけど、軽く食べられるものある?」
これこれ。



さて、車の運転をしながら、この以心伝心の話を少し考察してみました。

夫婦が二人で外出中、「今日の君も素敵だよ❤️」と妻に目配せする夫。
「あなたの方こそ、本当に素敵よ❤️」と夫を見つめる妻。

これは問題ではないのだ。

問題の『以心伝心』は、先にも述べた「フロ」「おい、メシ」「寝る」である。

何故ならこれは、『家父長制における主従関係に依拠した以心伝心』だからなのである。

「極端だなあ、『フロ』も『おい、メシ』も、長年連れ添った信頼関係のある夫婦の、美しいやりとりじゃないか。他人がとやかくいう事じゃないよ。夫婦にはそれぞれ役割分担があるんだから」
と思う?
そうだよねえ。

でも、妻の仕事が家事で、夫の仕事が外でお金を稼ぐ事であるならば、妻は夫に対して「カネ」というだけで夫はせっせとお金を妻に渡さねばなりません。
通常なら考えられませんよね。

二人が本当に対等であり、A男が「メシ」の単語ひとつでA子の労働を促すのであれば、A男の役割はお金を稼ぐ事。対等なA子が、「カネ」の一言で生活費を請求することに何の問題が?

で、その「以心伝心文化」の夫婦間に育った子供も、その文化を継承します。
それって良くない。感情→思考→態度の経緯を経て、人は言葉で話すべきです。

「以心伝心」「無言の圧力」などなどで、意思表示が困難になる子が多いようです。


で、日本の夫婦は愛情ではなく損得で結びついている事がとても多い、と宮台真司が言っていますが、これって本当に家父長制における主従関係を基礎とした損得です。

愛情で結びついた夫婦が「メシ」「カネ」「ネル」とお互いに幸福感で満たされながら単語で会話しているのは奇妙ですが、子育て中でない限り人に迷惑はかけないので良いのではないかと思うけれど。


それから『無言の圧力』。これ、日本にとても多い。
以前何処かで読んだのが、日本人の母親は、言葉では承諾しながら態度で拒絶を示す、というもの。不機嫌な態度で子供に忖度させる。


『子育てが終わらない』にもありましたが、育児においては二面性はネガティブなこと。
養育者の態度が一定でないと、子供は何に従えば良いのかわからないよね。

で、『ギャップ萌え』とか『ツンデレ』とかナウい言葉がありますが、個人にある二面性、例えば「外ではハードボイルドだけど、恋人の前ではデレデレ」とか。
これ、子供にしちゃダメよ。混乱するから。とのことでした。