書くのを忘れた

下の記事、『子育てが終わらない』において、家庭内の以心伝心が子供に良く無く、引きこもりを起こす要因になり得る旨を書きましたが、その理由を書くのを忘れていました。

引きこもりという状態は、表現や意思表示の一つだと思うんですね。
で、何故にその手段を取ったかというと、その他の手段を取れないからです。

なので家庭内における豊かなコミュニケーションの中で育った子の方が、様々な困難に対応して自己表現をスムーズにでき、『引きこもり』という表現をせずともハードシップを乗り越えられるよ、と言うことでした。



さて、昨夜は娘と、我が家にある張子で出来たイナゴの人形について話していた。

私が「ほら、あのツノが二本生えてるヤツ!」というと、「ツノじゃなくて触角でしょ」と娘に正された。

老いては子に従えと言いますが、私はもう娘に従って生きていった方が良い気がする。

子育てが終わらない

引きこもりなどが専門の精神科医、斎藤環と、キャリアカウンセラーの小島貴子の対談。

先日一度読んだ本。「面白いから読み終わるのが悲しい」と娘に言ったら、「じゃあもう一度読めばいいじゃん」とのこと。

時間を置いて、2度目を読み終えました。(新宿へ依頼された生地の買い出しの道中)

この本、とても面白い。


日本の家庭には以心伝心という『美徳』があるが、それが現代家族の機能不全を促しており、引きこもりを助長する要因にもなる、という。


「おい、メシ」「風呂」「寝る」
これダメね。

「ちょっとだけお腹空いているんだけど、軽く食べられるものある?」
これこれ。



さて、車の運転をしながら、この以心伝心の話を少し考察してみました。

夫婦が二人で外出中、「今日の君も素敵だよ❤️」と妻に目配せする夫。
「あなたの方こそ、本当に素敵よ❤️」と夫を見つめる妻。

これは問題ではないのだ。

問題の『以心伝心』は、先にも述べた「フロ」「おい、メシ」「寝る」である。

何故ならこれは、『家父長制における主従関係に依拠した以心伝心』だからなのである。

「極端だなあ、『フロ』も『おい、メシ』も、長年連れ添った信頼関係のある夫婦の、美しいやりとりじゃないか。他人がとやかくいう事じゃないよ。夫婦にはそれぞれ役割分担があるんだから」
と思う?
そうだよねえ。

でも、妻の仕事が家事で、夫の仕事が外でお金を稼ぐ事であるならば、妻は夫に対して「カネ」というだけで夫はせっせとお金を妻に渡さねばなりません。
通常なら考えられませんよね。

二人が本当に対等であり、A男が「メシ」の単語ひとつでA子の労働を促すのであれば、A男の役割はお金を稼ぐ事。対等なA子が、「カネ」の一言で生活費を請求することに何の問題が?

で、その「以心伝心文化」の夫婦間に育った子供も、その文化を継承します。
それって良くない。感情→思考→態度の経緯を経て、人は言葉で話すべきです。

「以心伝心」「無言の圧力」などなどで、意思表示が困難になる子が多いようです。


で、日本の夫婦は愛情ではなく損得で結びついている事がとても多い、と宮台真司が言っていますが、これって本当に家父長制における主従関係を基礎とした損得です。

愛情で結びついた夫婦が「メシ」「カネ」「ネル」とお互いに幸福感で満たされながら単語で会話しているのは奇妙ですが、子育て中でない限り人に迷惑はかけないので良いのではないかと思うけれど。


それから『無言の圧力』。これ、日本にとても多い。
以前何処かで読んだのが、日本人の母親は、言葉では承諾しながら態度で拒絶を示す、というもの。不機嫌な態度で子供に忖度させる。


『子育てが終わらない』にもありましたが、育児においては二面性はネガティブなこと。
養育者の態度が一定でないと、子供は何に従えば良いのかわからないよね。

で、『ギャップ萌え』とか『ツンデレ』とかナウい言葉がありますが、個人にある二面性、例えば「外ではハードボイルドだけど、恋人の前ではデレデレ」とか。
これ、子供にしちゃダメよ。混乱するから。とのことでした。

仕方ないよ

先日の事。

娘がおせっかいで私の手助けをしようとし、灯油タンクがヒックリ返る事件が発生。

咄嗟に怒ってしまった。
しかし、それは娘の善意の結果であったのだ。


数分後、私は罪悪感に苛まれる。
娘に謝らねば。

「たまちゃんごめんね、今のはお母さんは怒るべきではなかった。
 たまちゃんも優しいから手伝ってくれようとしたんだもんね」と伝えたところ、

「仕方ないよ。人は、間違えるから」。


娘よ。君は本当に5歳児なのか。



ダーウィンとキリスト教

娘が聞いて来た。

「ねえお母さん、人間は、サルから進化したんだよね?じゃあ、アダムとイブは何なの?」

そうだよな。そう思うよな。

モーゼと海女さん

娘が
「たまちゃん、モーゼと海女さんを描くね」
と言い出し、私の大切なスーパーカーに乗ったモーゼと海女さんを描き始めた。




出来上がったのが、これだ!!!

途中、おじいちゃんとの電話で「何しているの?」と聞かれ
「今、モーゼを描いているよ!!」と言っても
「え?モー?」
「モーゼ!!」
「も・・?」
「モーゼ!」
とのやりとりがありつつ、
確かに「モーゼを描いている」と言われても分からないよなと思う。

昨日は娘とドラえもんの映画を娘と見ていたら、『モーゼステッキ』なる道具が登場。
水を割る事のできるステッキなのだ。
もちろん娘に説明しましたよ。モーゼのことをね。フフフ



5月の予定は平日と休み

外出先で娘が「ノートとペンは無いの?」と聞きます。

仕方ないので来年の手帳とペンを渡しました。

「お母さん、平日には『へ』休みには『や』って書いておいたから!」
という親切。

5月の予定、どうやって書こう・・・

怪しい


娘が
「お母さんの好きそうな絵を描いてあげるね!」
と言って描いてくれた。

「口から蛇が出ていて、からだが白鳥の人間。好きでしょ?」

うむ、たしかに好きだが、何か切ない。


「塗り絵したいから、ブッダを描いてよ!」
と頼まれたのでブッダの顔を描いた。


「お母さん見て。体を富士山にしたの。左はブッダのお父さん。右はお母さん。」
真ん中のブッダの顔を私が描いたのだが、娘の方が私より絵が上手いぞ・・・

そして何故か娘は、いつもブッダに鼻ピアスを描くのだ。




だらしがない

娘「お母さん、100億円持ってる?スネ夫は持ってるらしいよ」

私「持ってないよ。持っていたら、毎週温泉宿に泊まって毎月ハワイに行ってるよ」

娘「それは良くないと思うよ。親がそうやってピシっとしないで働かないでいると、子供が将来だらしなくなってダラダラするようになるから、100億円持っていてもちゃんと働かなくちゃ」

どこからそういう事を聞いてくるんだ。なぞだ。



しかしもっともだ。そうだな、年末ジャンボで3億円当たっても、今の生活を続けよう。

しかし銀山温泉に1週間くらいは行かせて欲しい。

娘がせっせと絵を描いて、持ってきた。

描かれているのは「サル 妻 キリン」である。


妻。

真ん中の動物、猿の妻を描いたのだろう。しかし『つま』と書き込む事に違和感が。



と思ったら、「つま」ではなく、「くま」であった。

鏡文字は、たぶん小学校に入るまで続くのだと思う。面白い。

彼氏に車を買ってあげる

私はついに、モーゼを手にした。

そして彼に、車を買ってあげたかった。

私はディーラー『フクモ陶器』へ赴き、車を選んだ。

私は“traditional”を選んだ。


“高級”は売り切れていた。


さて、これに乗るのは毛是である。モーゼ。
私の恋人である。
5年越しの恋が実り、知人が譲ってくれたのである。
お髭の彼は十谷焼の十谷人形。モーゼ。素敵でしょう、私の彼。

前の席には海女さん。
娘のセレクトである。
「モーゼは偉いから、運転手さんがいた方がいい」というのが娘の持論であった。
でも運転しないでアワビ取ってる。
ついでに娘のピチピチの手のひらも写っている。

ユニコーンも一緒に撮って!と娘がユニコーン(七味入れ。ツノを外せば中から七味が出る。)と、自分のおもちゃのユニコーンを持ってくる。


娘が興奮し始めて、いろいろ面白いものを集め始めた。






そして最後は「やっぱり数字の終わりを研究しないと」と言って、我が家の家宝、ポワンカレで無限魚を覗くのだ。